禁酒令
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のが自分の役目だと自負していた。今回のことも……
「閣下」
いつの間にか満たされたグラスが、手元に置かれていた。
「人命を数だけで論じるなという言葉は一見正論に思えますが、小官に言わせれば理想論であり詭弁ですよ」
どうやらこの部下は、上官の心を映す鏡でも持っているようだ。全容ではないにせよ、なにがしか伺い知っているのか、オーベルシュタインの横で饒舌に語り出した。
「詭弁か」
どうでもいいという気分で反芻すると、フェルナーは例の人を食ったような笑みで肯いた。
「一般的には正論でしょう。ですが、こと軍上層部や為政者がその言葉を口にする時、それは詭弁になり得ると思います。為政者が臣民一人ひとりの人生などに目を配れはしますまい。多くの兵を犠牲にして、たった一人の不幸な戦災孤児を救う。それが美談に聞こえるとしたら、それは狡猾なメディア操作のなせる業であり、それをさせた国家機構は再起不能の病に侵されていると言って良いでしょう。過程はどうであれ、より多くを救い豊かにするのが、為政者の義務なのですから」
「そうだな」
白い前髪がテーブルへと垂直に垂れた。部下が肩を竦める。
「ところで、閣下」
一呼吸置いて投げかけられた声は、予想外に明るく快活な声だった。
「何だ」
唐突な空気の変化に、オーベルシュタインは思わず眉を寄せた。
「夕食まだでしょう?空腹のままワインだけなんて、味気ないですよ。小官が何か作ります」
はあ?と声に出してしまいそうになるほど、意表を突かれた。同時に、たった今までの真剣な話しぶりはどこへ行ったのやらと、苦笑させられる。
「卿が空腹なのであろう。好きにしろ」
ことさら淡白に返したが、部下の目は愉快そうに光っていた。
「やっと眉間の縦皺がとれましたね。では閣下、10分、いや、15分時間をください」
そう言われて額の辺りに手をやると、心なしか軽くなったような気がする。その仕草に声を立てて笑われて、オーベルシュタインは口の中でもごもごと何かを言いながら目を逸らした。
オーベルシュタインに宛がわれた部屋は、ホテル・ユーフォニアのスイートルームであった。寝室、リビング、風呂、トイレなど合計90平米程度の部屋で、贅沢にすぎるほどであったが、警備上の都合と言われては反論の余地もなく、この豪華な部屋におさまっている。元々、要人たちの宿泊用に設けられているのだから、至極当然のことでもあった。その部屋のリビングの片隅に、簡単な厨房設備がある。むろん、大概はお抱えの料理人などに調理させるために使用されているのだろうが、その厨房に手際よく食材を並べ始めた部下が、今オーベルシュタインの目の前にいるのだ。
いったいいつの間に材料を持ち込んだのかと考えたが、思い返してみるとワインの他に大きな紙袋を持っていた。あの中に入っていた
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