夢壊し編
第壱話 追憶
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世界は藍色の闇に包まれ、沈黙している。
坂崎藍は静かに見下ろしていた。
母が血だらけになり目を見開いている。胸や首はナイフで切りさかれていた。
藍は確信する。彼女はもう動かない。
リビングから光が洩れている。
(あさぎ...)
浅葱はそこにいた。
(おにいちゃん...)
その手には包丁。いつも母が料理のとき握っていたものだ。赤黒く、濡れていた。血が滴り、カーペットに染みができている。
藍とお揃いのパジャマ。くまの刺繍が施されていて二人のお気に入りだった。
いま浅葱が着ているそれは母の血で赤く染まっていた。
(あい...)
浅葱が話しかけてくる。彼は悲しみとも、哀れみとも取れる表情をしていた。
(あい...こうするしかないんだ)
その声は震えていた。
浅葱は手に持った包丁を握り直し、歩み寄ってくる。
(あい...ごめんね。もうおわりだよ)
そう言うと包丁を振り上げる。
最後に浅葱と目があった。藍と同じ二重の大きな目。藍と同じ僅かに赤みがかかった瞳。
彼は泣いていた。
包丁が風を切るヒュっという音が聞こえる。
(おやすみ、あい)
あれから5 年後
坂崎藍。彼のその意識は夢の世界からこちら側へ移ってきた。
......夢を見ていたようだ。
ここはどこだろう。昨日までいたあの場所のにおいじゃない。
体を揺さぶられている。ガタンゴトンと音が聞こえる。...なんだ電車か。電車に乗っていたのか。
手元にあった何かがバサリと落ちる音を聞く。拾わなきゃ。意思に逆らって動こうとしないその瞼をどうにかこじ開ける。
眠ってしまう前はほぼ埋まっていた席が今はガラーンとしている。それ以外の人といえば斜め前のおばちゃんだけだった。
手を伸ばして足元に落ちてしまった文庫本を拾う。
本は閉じてしまっていてどこまで読んだかわからなくなっていた。
ハア、と短いため息をつく。ずり落ちていたメガネをかけ直し、パラパラとページをめくって最後に読んだところを探していく。
その一方、頭の中では別のことを考えていた。さっき見た夢のこと、あの事件のことだ。
浅葱。
浅葱は俺よりもなんでも上手く出来た。母はそんな浅葱を可愛がり、その一方で「浅葱はあんなにいい子なのに、どうしてお前は」と俺に対して強く当たった。
ぶたれた。叩かれた。ひどい時には二月に裸にされベランダに放り出され内側から鍵をかけられたこともあった。
そんな俺と母を見ていた浅葱はそれが終わったあとでいつも俺に謝ってきた。藍は何も悪くないのに、と僕のせいで藍がこんな仕打ちを...と。
二月、俺がベランダでひと晩過ごした次の日のことだった。俺はもう限界だった。そんな俺に浅葱はこういった
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