第四章
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第四章
「あの時から。そんな」
「いや、変わっていないよ」
しかし夫はこう言うのであった。
「君はあのままで。奇麗なままで」
「そうかしら」
「それにその香りも」
次に話したのは。妻のその香りだった。
「香水の香りもね。あの時のままだね」
「この香水って全然いい香水じゃないのよ」
小真は少し謙遜したかの様に夫に話した。
「もうね。全然」
「そうなの」
「香りもそんなにしない筈よ」
「けれど君のその本来の香りと合さって」
「いい香りになるのね」
「そうなっているよ。だから」
そっと妻の身体に自分の身体を寄せてきてだった。
「またね」
「また、ね」
「いいかな、また」
こう妻に問うのだった。
「これからもう一回」
「・・・・・・いいわよ」
妻は夫のその願い出に穏やかな微笑みを見せた。
「来て」
「うん、それじゃあ」
こうして政孝はこの日も妻を愛しその身体と深く触れ合った。そうして次の日もだ。その香りについて皆から言われるのであった。
「やっぱりねえ」
「香り凄いよ」
「何か今日は特にですけれど」
「もう薔薇そのものみたいですよ」
「あはは、薔薇そのものなんだ」
政孝は同僚達の言葉にまた笑う。
「そうかもね。僕にとってはね」
「僕にとってはねえ」
「何かやっと気付いたけれど」
「ひょっとしてそれって」
「奥さんの」
「さあ、どうなのかな」
正解にはとぼけてみせたのだった。
「それはわからないね。ただ」
「ただ?」
「何ですか?」
「愛している相手がいるのは幸せなことだよ」
言うのはこのことであった。
「とてもね。そしてその全てを愛せることは」
「それは?」
「どうだっていうんですか?」
「さらに幸せなことだよ。その全てをね」
こう言ってであった。政孝は今日も己の身体に残っている妻の香りを楽しむのだった。それは夜まで消えない。そして夜になればまたその香りを受ける。彼の残り香はそのまま妻に対する愛情であった。常に自分と共にある愛であった。
残り香 完
2010・8・30
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