第6章 流されて異界
第103話 試験直前
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枯葉の香り?
一瞬、鼻腔をくすぐるその香りの正体に、寝惚けたままの脳が的外れの答えを浮かべる。
そう、真新しい井草の香りに包まれた仄暗い室内――
頬に当てられた少し冷たい……。しかし、柔らかな何かが妙に心地良い。
重い。まるで糸か何かで縫い付けたように開こうとしない目蓋をゆっくりと持ち上げる俺。しかし、その頬に当てられた何かは相変わらずそのまま。
其処に微かな違和感。俺が目覚めた事は、彼女ならば気付いたと思うのですが……。
「……おはようさん」
布団にむき出しの膝だけを乗せ、正座の形で俺を覗き込むようにして居る少女。彼女の愁いに沈む瞳に対して、普段通りの……出来るだけ違和感を与えないように朝の挨拶を行う俺。
ただ――
ただ、少し冷たい指先の右手は変わらず俺の左の頬に当てられたままの状態で。
「ちょいと心配を掛けたみたいやな。すまなんだな、長門さん」
普段……。この世界に流されて来てからずっと続く朝の挨拶。毎朝目覚めると、俺の布団の横で正座をし、静かに本を読んでいる彼女に対して行う儀式。眠りに就く前は確かに一人だったはずなのに朝、目覚めの瞬間、最初に見るのは何時でも彼女の顔。
但し、昨日……かどうかは判りませんが、前回の目覚めまでの彼女は、直接俺に触れる事などなかったとは思うのですが……。
そう。ここは、昨日まで暮らして来た長門さんのマンションの一室。清潔だが、それだけが取り柄の病院の一室などではなく、この世界に召喚されてからずっと暮らして来た和室。
既に見慣れて来た天井と照明の配置。分厚いカーテンに阻まれた窓からは陽光が漏れ出して来る事がないトコロから、未だ夜明け前と言う雰囲気の時間。
ゆっくりと進み行く時計の秒針。夜明け前の大気に冷やされた室温と、鳥さえも未だ起き出す事のない静謐と言う名の、彼女に相応しい時間。
……俺に取って。そして、おそらく彼女に取っても心の落ち着く僅かばかりの時間の後、
「ごめんなさい」
目覚めの挨拶の代わりに、それまで一度も聞いた事のない言葉を発する彼女……長門有希。冷たい青磁の如き雰囲気に支配された彼女に、その瞬間、微かなひびが走った。
但し、彼女の場合は涼宮ハルヒに代表されるような自分の間違いやミスを認めない。ある意味、謝ったら負けだと考えて居る人間などではなく、これまで……。少なくとも俺の目の前では何もかも完璧に熟して居て、謝らなければならないような失敗をしでかす事がなかっただけなのですが。
まして、今回の件に関しても――
「別に長門さんが謝る必要はないと思うけどな」
長門さんの右手に因り彼女と視線を合わせる位置に固定された頭部を動かす事も出来ず、横に成った状態のまま、かなりの陰
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