暁 〜小説投稿サイト〜
或る短かな後日談
終わった世界で
一 雨と心音
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 聞きなれた轟音。銃声。肉の爆ぜる音、焼ける匂い。もっと近く、この手の中で。鋭利な爪が、鉄の爪が。動く死肉を握り潰して、切り裂いて。

 もう、慣れた。慣れてしまった。初めて、この空気の中を駆け。初めて、醜い肉塊に、私の爪を立て、私の物ではない血肉を浴びたそのときは。嫌悪と恐怖で吐き気さえ憶えた……いや、吐き気と言うその感覚を、思い出した、と、言うべきなのか。只々、この現実から。今すぐにでも逃げ出したいと、そう思っていたはずなのに。
 今は、只。只々。迫り来る敵を切り裂き、啜って、傷を癒し。背後から飛んだ銃弾が群がる死体を撃ち飛ばす様を横目に、また、次の敵。巨大な肉、振り上げられた大鉈を掻い潜り、その、分厚い皮膚を抉り取る。思い出すことすらも叶わない、人間だった頃ならば考えられないほどの怪力。私の右肩、繋がれた腕……余分な腕に、力を込めて、また、貫き。

 抉れた肉。吹き上がる赤い粘菌は、何処までも血飛沫のそれに似た。与えた傷は深く、対する私は、返り血に濡れた頬と、幾らかの擦り傷。態々修復なんてせず、放っておいても再生するほど、浅い傷。それは、彼女も。私の背後で狙いを定める、彼女も同じ。立ち塞がるは歪な巨体、凶悪な風貌。対する私達の姿は、多少歪んでしまったとは言え、少女のそれで。しかし、それでも。

 私達は、嬲る側。あんなにも恐ろしかった戦場で。あんなにも恐ろしかったアンデッドを切り裂くこの瞬間に。この、背徳に。悦びを見出した、見出してしまった、自分に。

 悲しみを。嫌悪を憶え。それもまた、今更、と。深く突き刺した第三の腕、備えた鉄の爪を以て。肉を。視界を埋めた、白い肉を。敵を。

 それを。力任せに、裂いた。



 終わった世界と言われたところで、終わる前の世界を知らない私達にはそれを嘆く気にもなれず。私たちにとっては今、この醜い身体で、醜い敵と戦う日々こそが世界の全てで。自分のものではない血を、体の中を流れる粘菌を浴びては悦に浸る。私を設計したそいつは、余程悪趣味な……と。
 汚れ、罅割れた硝子窓。崩れ落ちた廃墟に嵌めこまれ、辛うじて原型を留めたそれに、映る自分の姿を見詰め。自分の姿に対する嫌悪を、私を作った、此処には居ない造物主へと吐きつける。

 二本の足は獣の足。背中に伸びた第三の腕。三つ腕、全てに備えた金属の爪……最早、指と言うべきか。手の甲までは、人の肌。其処から先は全て、鉤爪。不揃いに長く、湾曲し。しかし、揃って鋭利極まり。然程、力を込めずとも。一度撫ぜれば肉に埋まり、裂き、落とす。手の中にあるのが大事なものであっても。どんなに大切な宝物であっても、こんな手で握り締めたなら。簡単に崩れ落ちるだろう、と。大事なものよりも壊すべきものが多いこの世界ならば、こんな手の方が生きるのには向いているのかもしれない
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