終わった世界で
一 雨と心音
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跳ねて。
怯えの浮かんだ顔。そんな顔をして欲しくなんて無い。そんな顔を、私に向けて欲しくない。なんて。たった今、私が彼女へ向けた顔だと。忘れて、思う自分が嫌になって。
「……違う。私は。あなたと一緒にいたいの。あなたの隣に居たい。あなたに壊れて欲しくない……信じて。お願いだから」
あなたの隣に居させて、と。彼女の瞳。暗がりで広がった。赤い雫を湛えた目。その目を見詰めて。
懇願する。マトの隣に居たいと。居させて欲しいと。彼女から離れたら、私は。きっと。
きっと。この世界に耐えられない。彼女と共に居られないなら。私は。私は……
「リティ……?」
不安げな顔。私の見下ろす。私を見上げる。その頬に。赤い涙の這った跡へと落ちる雫は。堪えきれず。私の瞳から落ちた。
「お願い……お願いだから……離れないで……置いていかないで……っ」
違う。違う。今は、彼女の言葉を。胸の内に堪った不安を。消さないといけない。晴らさないといけない。私はいいのに。なのに。
涙は止まらず。体は振るえ。寒さなんて感じない、死んだ体、死体の肌。なのに、自棄に肌寒くて。
「ごめ、ごめん、ただ、わたしは、あなたと一緒に、ごめん、ごめ……」
謝っても、謝っても。湧き上がる感情は抑えきれない。涙は止まらない。本当は、彼女を。体の変化に悩む、彼女を。励まさないといけないのに、一人、一人で。只、泣くことしか出来ない私が。情けなくて、申し訳なくて――
不意に。冷たい。しかし、空気のそれよりずっと温かな腕、彼女の腕が、私の体を抱き寄せて。
何時の間に塞がったのか。彼女が自ら裂いた肌、溢れ出した蟲達は、もう、何処にも居らず。抱き寄せられた私は、赤く染まった。彼女の胸に。額に感じる彼女の頬の感触。抱きしめられる温もりが。冷たい死人同士だというのに。
暖かく。暖かく。また、涙が溢れ出す。
「……ごめん」
彼女の声。より強く抱きしめられ。抱きしめられた、私は。
力を抜いて。半ば、しがみつくように。彼女の体を抱きしめ返し。
「私のほうが、悪いから。ごめん。何の力にもなれてない。ごめん」
「そんなこと無い。……そんなこと、ない」
血の臭い。雨の音。彼女の体の中で蠢く、蟲の音。そして。
彼女の心音。私には無い音。私の持たないその音を。
「……ありがとう。……一緒にいてくれて」
小さな声と、声と、共に。その音を、聴いた。
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