暁 〜小説投稿サイト〜
或る短かな後日談
終わった世界で
一 雨と心音
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けれど。

「マト」

 鈴の鳴るような、とは。こういう声のことを言うのだろう。私を呼ぶ声に硝子窓から視線を移せば、隣を歩む彼女。無骨で巨大な銃を背負った、彼女の姿が其処にあって。

「大丈夫? 辛そうに見えるけれど」
「大丈夫。何も問題ない」

 そう言って。下手糞な。小さな笑みを彼女へと向ける。引き攣ったよう、とは、よく言われるけれど。それでも、彼女はそれで笑ってくれる。彼女の作る綺麗な笑みは。こんな世界とは場違いなほどに綺麗な笑みは。
 必要の無い、私の感傷を。心に掛かる雲を、払って。

「いつも言うけれど、抱え込まないでね。あなたは放っておくと無理ばかりするから」

 少しだけ、悲しそうに彼女は言い。それでも、笑顔を崩すことは無く。本の少しだけ。隠し切れなかった、浮かび上がったその、寂しそうな表情に。私の中に埋め込まれた、見せ掛けの心臓、胸が、痛んで。

「……大丈夫。無理しない程度にしか、無理しないから」
「何よそれ」

 そう言って、可笑しそうに笑う彼女。その笑みを見て、私もまた安堵して。

「……砂、多くなってきたね」

 足元。風に乗って舞い上がる砂を見詰め、その先を見詰め。左右に並んだビル、朽ちた車、折れた標識。このまま歩き続ければ、また、この町並みも砂に呑まれる。世界の大半は砂漠に覆われ、人間が飲めるような水は、私達は未だ見たことさえない。見たのは、汚染された水だけ。暗い黄色の雲、汚れた雨。時折雲の合間から見える空も赤く、まるで錆びてしまったよう。いつか、錆びに錆びたあの空が落ちてきて、狂った世界を終わらせてくれるのではないか、なんて。そんな、少しだけ流行りそうな終末思想を思い浮かべて。
 醜いアンデッドに解体されるくらいなら。そっちの方がまだ、夢があって良いと思う。そんな赤錆色の空も、今は。暗く分厚い雲に覆われ。どうやら私の鼻は、彼女の綺麗に整ったそれより、ほんの少しだけ利くらしい。

「リティ。そろそろ、どこかで休もう」

 風に舞う砂、その遥か先を見詰める彼女に言葉を投げる。対する彼女は、少しの疑問を顔に浮かばせ。

「構わないけれど、まだ少し早くない? もう少し先まで行っても、休める場所はあると思うけれど……ああ」

 彼女の長い、綺麗な髪に。彼女曰く、死人のそれとしては、綺麗な髪に。油を乗せた雫が落ちて。

「雨、ね」

 私の手首を掴み。その一滴を皮切りに振り出す、無数の雫。汚れた雫、雫の群れから。
 たった今まで私を映した、硝子窓のビル。螺子の外れた扉の向こう、暗く沈んだ、その静けさへと逃げ込んだ。



 降りしきる雨は、乾ききった世界に毒を乗せた恵みをもたらし。油の混ざった雨。時には、青白く光り輝く雫さえ降る――そんな。汚染された雨でさえ。
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