第5話 僕タチハ死ンデシマッタ
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風鈴が怖い。
居住区の外にはこういう物があるのだと、父が見せてくれた幼い日以来、ずっと怖い。首吊りを連想させるから嫌だ。この病室にだって、誰が取りつけたのか、カーテンレールに風鈴がぶら下がっている。
あれが首吊りなら、音は死者の声だ。
開け放たれた窓の向こうは一面枯れすすきのような曇り空で、風が止まらない。
ここは空の上なんだと、向坂ルネは理解する。だからこんなに風が強くて、他の音がしないんだ。
ベッドと窓の間に死者が座っていた。
何故人には、死者を死者と判別する本能があるのだろう。中年の男だ。開きっぱなしだった死者の目に、黒目が戻った。開いていた口を閉じ、左右を見、ルネと目が合うと、だらしないところを見られた気まずさからか、愛想笑いを浮かべて軽く咳ばらいをした。
死者はスーツのジャケットを羽織り、立ち上がると、ベッドの横をぶらぶら歩いた。
「ルネ、お父さん、お土産を持ってきたんだ」
死者・向坂ゴエイは腰を屈めてパイプ椅子の下から植木鉢を出した。色とりどりのパンジーの寄せ植えだ。ゴエイは鉢植えとルネの顔を見比べた。
お父さんはいつもニコニコしてる。ルネは思う。それは優しいからじゃない。空虚だからだ。
するとパンジーの一つが甲高い女の声で喚いた。
「あなた! 入院してる子に鉢植えを渡すなんて何考えてるの! お見舞いに鉢植えは縁起が悪いのよ!」
ゴエイは顔つきを変え、腕に抱く鉢植えに目を戻した。
「昔っから鉢植えは根がつく、『寝付く』って言ってねえ、お見舞いに鉢植えは禁忌なの。あなたって頭はいいのかもしれないけどねぇ、本当に人とずれてるんだから。この程度の一般常識誰も教えてくれなかったの?」
「そうだったんだ。知らなかった。いつもルネの部屋から見える場所に飾ってあったから」
「飾ってあったから? なにこれ、あなたこれうちの庭の鉢植えじゃない! なに勝手なことしてるよ!」
パンジーの声はますます甲高く、耳障りになってくる。
「普通ねえ、新しい花買うじゃない! 何この土まみれの、花も終わりかけてるようなもの持ってきて。お医者さんや看護師さんに見られたらルネが恥をかくとか考えないの? あなたって昔っからこうよねぇ。行動する前に考えない。良かれと思ってしたことは何でも喜んでもらえると思ってる。私ね、時々あなたが私やルネの不幸を望んでいるとしか思えない時があるのよ。そもそもルネがこうなったのだって」
「うるさい!」
ゴエイが怒鳴った。ルネはベッドの上で身を竦ませた。父親が声を荒らげている姿を見るのは初めてだった。ゴエイは鉢植えを床に叩きつけた。鉢が砕け、土が散乱する。
「僕は」ゴエイは床に膝をつく。「僕はだな」そしてパンジーの花を鷲掴みにし、引きちぎり始めた。
「僕は、僕はただ、た
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