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トワノクウ
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第十八夜 千草の蜃(二)
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と梵天を見上げた。

「そんなことが可能なんですか」
「二度、(たい)を移しているからできる芸当だ。これの(たい)は外からの干渉を受けやすい。加えて俺の、梵天≠フ権能は留める≠セ。身崩れを食い止めるのにこれほど相性のいい組み合わせもない。皮肉にもね」

 自嘲する梵天に、くうはどんな言葉もかけられなかった。
 ――いつだってコトバ知らず、コトバ持たずの篠ノ女空。嫌気がさす。

「露草さんは、人間にお友達がいたと伺いました」

 別の話題を出すことで、せめて空気を変えようとする。

「その方を庇って撃たれたとも」
「そうだよ。こいつは一度気を許すと、相手のためにどこまでも無鉄砲になる」
「許せないと思わなかったんですか? 弟さんを傷つけた人間を」

 昨夜のように意地悪に返されると思ったのに、それで気分を変えてくれると思ったのに。
 梵天は、彼にしては珍しい、間の抜けた表情をした。
 次いで、懐古、哀切、苦悩と次々移ろって。

「……それについては黙秘だ」

 最後にいびつな笑みに辿り着いた。

 それを見た瞬間、くうはとっさに、梵天の手を両手で包み込んでいた。彼岸にいた頃、鴇時や萌黄がしてくれたように。自分の小さな両手では到底包みきれないけれども。

「いやなことを聞いてしまって、ごめんなさい」

 また失敗した。かける言葉がないだけならまだしも、かける言葉を間違って傷つけた。本当にダメな篠ノ女空。

「ごめんなさい。もう何も聞きませんから……」
「だめだよ、それじゃ」

 梵天はしゃがんでくうと目線の高さを合わせた。

「やめてしまうのは簡単だけど、それはただのお人形だ。囀らない鳥に価値はない」
「でも、どんなに考えて言ったことでも、いつだって誰かを傷つけるだけなら、黙ってたほうがいいです」
「諦めは人を殺す」
「――っ」
「悩むことさえ諦めてしまえば、己の形も忘れてしまうよ」
「私の、形……」
「君は、誰だ?」
「私、は」

 朝、口にしたばかりの答えを、また言う。

「くう、です。ただの、篠ノ女空」

 梵天は満足げに笑んだ。笑ってほしいと意図しての答えではなかったものが、今度は傷つけることなく届いた。

(また救われた。うっとうしいだけのくうの悩みを、この人は拭ってくれた)

 自己嫌悪でなく恥ずかしさでなく、胸が温かくて泣きたかった。
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