先を見るしか叶わぬ龍に
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「追い掛けるは泡沫の夢。決して見る事の叶わぬ遥か遠き理想。他が身、刃と為して乱世を切り拓き、我が身、礎と化して想いの輝きを世に齎さん」
凛……と透き通った声が、絶対者の如く場に響く。
瑞々しい唇から零れ出る言葉は、身から溢れる覇気に彩られ、薄く笑う龍の耳を打った。
紅い瞳を爛々と輝かせ、嬉しそうに舌を出して果物の蜜漬を口に居れた彼女は、頬を綻ばせて咀嚼し、嚥下した後に緩い呼気を吐き出した。
「その実、お前が一番の理想家に思えるってのは……キヒヒ、笑えねー」
彼がこの場に居たならば、魔女の如く、と称するような喉の鳴らし方で、劉表は笑う。
「ええ。私が目指すモノはそういうモノよ。理解して尚、進めるだけ進んでみせる。終着点は誰にも決めさせはしないわ」
「自分の限界を決めてやらない、の間違いだろ?」
不敵に笑った華琳は上品に同じモノを口に運んだ。やはりおいしい、と考えながらも思考は巡る。
目の前の女は油断ならない。どんな切片も与えてはならない。それでも、こうして何かしら話す事が出来るのは、華琳にとって嬉しかった。
一日だけ、体調が良い日に話をしよう。帝との謁見の後にそう二人で決めていた。
華琳と劉表は現在、洛陽にある華琳の屋敷で八つ時を楽しんでいた。
開けた東屋では耳も気にしなくていい。
場所を借り受ける対価として差し出された劉表からの情報で、孫呉の耳の有能さを知り、こうして外で対話をする事となった。
劉表の体調も考えてそちらの屋敷で……とは言ったのだが、東屋が無く、死ぬ前くらい光を浴びさせてくれと押し切られていた。
娘々の料理の話や学問について等々、緩い会話を続けていたが、ふと、劉表がどういった未来を描きたいのかと尋ねて来て、答える事にした為にこのような話となっている。
「次世代に繋ぐのが王の最期の務め、か。違いねーが、ならオレは、お前にとっちゃあ腐ったリンゴってわけだ」
くつくつと鳴らした喉は自嘲か、それとも嘲笑か。聡い華琳でも読み取れず。厳しく、目を細めて旧き龍を見やった。
「いいえ。老いも若きも、男も女も、才持ちしモノは須らく甘い果実。才持たずとも、鉄を打ってより良い剣を作るように鍛え上げればいい。
ふふ、果物に例える事は出来ないわ。磨く事も出来ず、研ぎ澄ます事も出来ないのだから」
砕けた口調は友好を表す。
敵意は非ず。この場では内に持つ刃を見せるのは無粋に過ぎる。腹の探り合いはしてもいい。しかし……
――この一時は、どうしようも無く愛おしい。
華琳はそれをしたくなかった。
目の前の女はもうすぐ死ぬ。余命幾許も無いのは誰の目にも明らか。
白絹の如き肌は透き通り過ぎている。
目の下には真黒い隈が薄く浮き上がっている。
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