第百八十三話 和議が終わりその六
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柴田だった、彼は名馬に乗り誇らしげに軍の先頭に立って言うのだった。
「さあ、腕が鳴るわ」
「今からですか」
「そうじゃ、しかしじゃ」
柴田はここで己の右を見た、そこには羽柴がいる。柴田はその羽柴をもの珍しそうに見てそのうえで言うのだった。
「猿、御主が先陣におるのか」
「この度は」
「御主が先陣とは珍しいな」
「確かにそうですな」
羽柴自身もこう答える。
「それがしが先陣とは」
「わしはよく先陣じゃがな」
その武勇と采配からだ、信長は柴田をよく先陣に任ずるのだ。
「御主もとはな」
「殿の御言葉で」
「ふむ、左様か」
「では共に頑張りましょうぞ」
「死ぬでないぞ」
柴田は怪訝な顔で羽柴にこうも言った。
「御主子はまだであろう」
「残念ながら」
「わしもじゃがな」
実は柴田も子はいない、二人共まだ子宝には恵まれていないのだ。
「しかしな」
「生きて、ですか」
「子を作れ」
そうせよと言うのだ。
「御主もな」
「そうですな、それでは」
「それにここでも手柄を立ててな」
「そうしてですな」
「母君に孝行してやれ」
「無論そのつもりです」
「では絶対に死ぬな」
羽柴にこうも言うのだった。
「よいな」
「はい、さすれば」
「生きてこそじゃからな、手柄も」
「全くですな」
「わしは先陣として戦い生きてじゃ」
そうしてとだ、柴田は己のことも話した。
「皆を幸せにするわ」
「一族の方々をですな」
「そして天下にもな」
「泰平を」
「殿がその泰平をもたらして下さるのじゃ」
このことこそがだ、柴田が至上に思うことだった。それだけの彼のその厳しい目は今は実によく輝いている。
「我等が殿がな」
「左様ですな、殿が」
「今殿をうつけと呼ぶ者がおるか」
「いえ、全く」
羽柴は柴田に笑顔で首を振って答えた。
「おりませぬ」
「それが何よりの証拠じゃ」
「そういうことですな、では殿が」
「いよいよ天下を一つにされる」
これからはじまる戦、それでだ。
「そのことを思うと腕が鳴って仕方ないわ」
「左様でしたか」
「毛利も武田も上杉も北条もじゃ」
言うまでもなく本願寺もだ。
「全て倒してじゃ」
「そうして、ですな」
「天下布武じゃ」
それを為すというのだ。
「その為にも戦い生きてな」
「勝つのですな」
「我等は必ず勝つ」
負けぬというのだ。
「では行こうぞ」
「共に」
「いやあ、それではですな」
ここでだ、慶次が出て来た。彼はいつも通り陽気に傾いて言う。
「それがしも先陣にして頂きましたし」
「それでどうしたのじゃ」
「ここは一つ、派手に出陣の祝いに」
「また傾くのか」
柴田は眉を顰めさせて慶次に問うた。
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