第三章
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第三章
「人間ってメイクでこんなに変わるのよ」
「そうなんだ。話には聞いていたけれど」
「そうよ。それでね」
「うん、それで」
「他の人のメイクアップなら何時でも誰でもさせてもらうわ」
急に話が変わってきた。奈緒の言葉が思わせぶりなものになる。
「ただね」
「ただ?」
「私自身にするのは一郎君の前でだけよ」
「僕の前だけなんだ」
「じゃあこの顔で外に出たらどうなるかしら」
思わせぶりな言葉をそのまま出すのだった。
「その場合はね」
「そんなこと。もう」
言うまでもなかった。何しろ人はまず顔を見る。それを考えればである。まさに火を見るより明らかである。一郎は内心本気でそのことを危惧していた。
「それこそ」
「そうよね。そういうことよね」
「絶対に止めてくれよ」
本気の言葉である。
「そういうことはさ」
「わかってるわ。だから自分にメイクアップする時はね」
「うん」
「一郎君の前だけよ」
じっと彼を見ての言葉である。
「絶対にね。他の人の前ではメイクアップしないから」
「そうしてくれるんだ」
「その代わり。一郎君もね」
彼への言葉だった。
「わかるわよね。私の前でだけよ」
「メイクアップできるのは奈緒ちゃんだけでも?」
「そうよ、私だけのものだから」
自分の愛する人だからなのだという。これ以上はないまでに率直な意思表示だった。
「だからね。それはね」
「奈緒ちゃんの前でだけなんだね」
「そうよ、絶対よ」
それを言うのだった。
「本当にね」
「わかったよ。じゃあメイクアップはお互いの前だけでだね」
「そうよ、お互いの前だけよ」
「うん」
奈緒のその言葉に頷いたのだった。
「僕も。こうした顔は奈緒ちゃんにしか見せたくはないからね」
「それじゃあ。いいわね」
「二人だけの秘密だね」
一郎がこう言うとであった。奈緒の返した言葉は。
「夫婦の秘密よ」
「そうだね」
こう話してであった。二人はそのまま手に手を取り合って寝室に消える。夫婦の密かな楽しみができた瞬間であった。
メイクアップアーチスト 完
2010・5・4
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