第33話 決められた天秤
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が、俺は『近寄るな』と眉をしかめる事で合図すると、ボックスソファーの片付けに戻っていく。
「愛とか恋は幻想の代物だと、君は知っているか?」
ルビンスキーの奇襲に、俺は首を意識的にゆっくりと回し、大きな顔を睨み付ける。ルビンスキーは俺の視線などまるで気にしない。ゆっくりとグラスを傾けてウィスキーを太い喉へと流し込んでいる。明らかに俺の返答を待つ態度だ。応えてやらねば、聞き耳を立てているドミニクもドミニクの叔父も失望するだろう。
「幻想という言葉は実に高等参事官らしいお言葉です。閣下は愛も恋も信じた事がないのですか?」
「信じるという言葉も幻想だな」
「……閣下は悲観主義者でいらっしゃるのですか?」
「君ほど楽観主義者でないことは確かだな」
そう言うとルビンスキーは鼻で笑う
「仮に君の言う愛が現実にあるとして、君は彼女を幸せに出来るのかね?」
それは言われるまでもなく、俺がドミニクと『そういう』関係になってからずっと考えていたこと。だがルビンスキーは容赦しない。
「まず彼女の幸せというものを考えてみよう。彼女には両親がない。心優しい叔父さんはいるが、年老いて将来が心配だ。とりあえず来月にはデビューも決まった。歌手としての一歩を踏み出せる。踏み出すことは出来るだろう。さて、売れるかな?」
俺が顔色を変えなかったのを誉めてほしいと、今ほど思ったことはない。ルビンスキーがこの店に訪れた時からおおよそ予想していたとはいえ、この男の声で聞かされると改めて胃が縮んでいく。
「……フェザーンの遣り口は十分承知の上ですよ」
「君が彼女を連れて同盟に帰ったとしよう。フェザーンの美しく聡明な女性をボロディン家は歓迎するだろう。だが統合作戦本部はどう思うかな? 果たしてグレゴリー=ボロディン少将を中将に昇進して良いものだろうか」
「子供の罪が親に伝染するほど、同盟の法体制が揺らいでいると思っておいでなら、勘違いも程々に」
「法が揺らいでいるとは考えてないさ。揺らいでいるのは常に人間の方なのだからな」
「……」
それが真実であることは承知している。法は健全でも恣意的な運用はある。グレゴリー叔父がいくら有能で、誠実な軍人であろうと敵はいる。軍の出世レースは常に過酷だ。
そしてドミニクは俺と一緒に同盟弁務官事務所のカメラに写っている。優秀な同僚がその内偵を進めているのは間違いない。この店の事ももう承知しているだろう。ただこの店に俺も顔を出していること、そして先の会戦で有効な情報を提供できたことで、この店とドミニクの存在は同盟に利するものとして考えている。ドミニクがフェザーンを捨てて同盟の人間となっても直接危害を加えられる恐れはほとんど無い。
だがフェザーンで情報工作を担っていた人間が、同盟の軍人の家族となることを軍部や
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