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コート
第一章
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                     コート
 日本人はあまり知らないことの様だがパリは寒い、何しろその緯度は宗谷岬より北である。それこそ油断していると凍死してしまう程だ。
 ルチア=デッセイは仕事の帰りにショーウィンドゥ街を歩きながらだ、交際相手のロドルフォ=ジャンスにこんなことを言った。
「そろそろね」
「新しい服が欲しいとか?」
 ロドルフォはそのグレーの目を微笑まさせてルチアの黒い目を見つつこう返した。
「ボーナスが入ればね」
「買ってくれるの?」
「そうするけれど」
「そうしても欲しいけれど」
 それでもと言うルチアだった、黒い目のそのまだ幼さを感じさせる丸めの可愛らしい感じの顔で。鼻は低めで細面で鼻の高いロドルフォとはそこが対称的だ。しかし二人共髪の色は明るい茶色でそれは同じだ。背はロドルフォの方が二十五センチは高いが。
「今はね」
「今は?」
「何か。違う形のね」
 それの、というのだ。
「温かいものが欲しいかしらってね」
「そう思ってるんだ」
「今夜はポトフにするわね」
「ああ、食べてだね」
「温まろうかしら」
「いいね、秋も深くなってきたし」
 それで、とだ。ロドルフォは笑顔で応えた。
「ポトフいいね」
「そうでしょ、だからね」
「それじゃあ今晩はそれで」
「ええ、ただね」
「ただ?」
「何か別の暖かさも欲しいわね」
 こうロドルフォに言うのだった。
「そんな気分よ」
「温かいのとは別に」
「そう、暖かいものよ」
「だから服を」
「服かしら」
 話はそれに戻ったがそれでもだった、ルチアは。
「それになるかしら、いえ」
「いえ?」
「何か違うかも」
 考えながらの言葉だった。
「どうにも」
「それじゃあ何かな」
 ロドルフォはそのルチアに問い返した。
「服じゃないとしたら」
「食べものでもないし」
「お風呂、じゃないよね」
「お風呂はね」
 それこそと返すルチアだった。
「部屋に帰って入れればいいから」
「簡単だね」
「そういうのじゃないと思うわ」
 やはり考えながら言うルチアだった。
「それが何かはわからないけれど」
「そうなんだ」
「ううん、本当に何かしら」
「暖かいものだよね」
「そうなの、そういうのが欲しいの」
 秋が深くなってきていて冬が近付く中でだ。パリのその寒さの中で。
「今はそうした気持ちなの」
「難しいね」
「お仕事があって」
 そして、と言うルチアだった。これはロドルフォもだ。二人共観光客向けの店で働いていて生活は安定している。
 生活自体に問題はない、しかしそれでもなのだ。
「他のものもあって」
「それでもだね」
「何か別のものが」
「別の暖かいものが」
「欲しいって思ってるのよ」
 
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