第32話 羽化後の雨
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察知し、フェザーン商人の動きと、漏れ聞こえてくる調達物資の量からその動員規模を計算し、その数値が五月の辺境部における交戦でほぼ正確だったことが判明し、アグバヤニ大佐からまさかのお褒めの言葉を頂くことにもなった。
ドミニクのプライベートも順調だった。勤務日数が減り、かつ収入が増えたことで歌やダンスのレッスンに割ける時間が増え、オーディションで落選しても審査員の評価はかなり高くなり、七月のオーディションではほぼ間違いなく歌手デビューすることが出来るだろうという話になっているようだ。誰のお陰か細かった身体も女ぶりを増し、元々大きかった胸と腰との釣り合いが取れてきて、理想的な曲線美を描くようになってきている。
「貴方に会えただけで、これほど変わるとは思わなかったわ」
七月初旬の金曜日。接客の合間を縫って俺の隣に座ったドミニクは、艶を増した笑顔で囁いた。もともと頭にもスタイルにも声にも才能はあって、たまたま一五歳から一六歳という時期に会えただけで、俺が彼女に何かしたわけでもなんでもない。そう思うと内心忸怩たる想いが渦巻く。微妙な空気を感じ取ったのか、ドミニクは何も言わずに俺の背中をポンと叩くと、再びボックスソファーへと戻っていく。そのタイミングだった。
胡桃材の扉につけられた鈴が鳴り、来客を告げる。いつものようにカウンターに詰めているドミニクの叔父さんがそれに応える。
「いらっしゃい」
「ほう、噂通りなかなか良い店だな。席は空いているかね?」
重々しい響を持つ、強い男のみが持つことを許される声。聞き覚えはある。時折開かれるパーティーで遠巻きに。直接聞いたのはもう一年近く前のこと。そして俺の隣の席は、ちょうど空いたばかりだ。
「隣に座らせていただこうかな。ご主人、ウィスキーをストレートで二杯。彼に一つ渡してくれ。私の奢りだ」
大きく重厚な身体が、貧弱なカウンター席に小さな悲鳴を上げさせる。そしてその男は俺に大きな顔を向けた。
「久しぶりだな。ボロディン大尉。フェザーンでの暮らしが充実しているようでなによりだ」
そう言うと、アドリアン=ルビンスキーは俺に向かってグラスを掲げるのだった。
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