第32話 羽化後の雨
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」
酒に酔っているというより酔わされているという口調で、ドミニクは俺に囁くように言った。
「私は貴方に『覚悟』を見せたわ。次は貴方の本当の名前、教えていただけないかしら?」
「ヴィクトール。ヴィクトール=ボロディン」
もはやウソを答える必要はない。例えドミニクが黒狐に飼われている可能性があっても、弁務官事務所のカメラにその身を晒した以上、勤務熱心な同僚諸君がドミニクのことを独自に調査するだろう。俺に近づいた怪しいフェザーン人として、フェザーン当局に照会を求める可能性もあるが、そこまで馬鹿ではないと思いたい。
そして同盟弁務官事務所周辺に潜んでいるフェザーン側の監視網もドミニクを捕らえた可能性は高い。フェザーン人の同盟側工作員として、今後の警戒対象にされるだろう。だがそれを帝国に情報として売るかどうかは微妙なところだ。
「年齢は二三。階級は大尉。自由惑星同盟フェザーン駐在弁務官事務所つき駐在武官」
「第一艦隊副司令官の甥で、宇宙歴七八四年士官学校首席卒業者。少しばかり間抜けで、生真面目で、女心に疎い、どうしようもない人」
そう言い放つと、ドミニクはきめ細やかな両手を俺の両頬に当て、自分の唇を俺の唇に押しつけるのだった。この後、何があったかは言わない。ただ宿舎に戻ったのが深夜だったことは付け加えておく。
それからドミニクの店で収集される情報は増加することになる。他の女性が歌っている時、今までは俺がじっと聞き耳を立てているだけだったが、今度はドミニクが直接接客することで客から少しずつ情報を抜き出してくれる。国家の存亡を揺るがすような情報など、中小企業の幹部や接待客、中間所得層が持っているわけなどないが、電子新聞に載らないような些細な情報が少しずつ漏れてくる。宇宙船の材料を生産する帝国内の鉱山で、労働者の一部が減っているとか、帝国側の商人が紙パルプの買い付けを始めているとか、帝国の誰それという若手貴族が軍拡を求めているとか。
逆にドミニクが俺に話を聞くこともある。同盟内部の政治情報、軍事情報、経済情報……当然ながら駐在武官としてリーク出来る情報と出来ない情報の区分けがあるから、それに合わせたレベルでドミニクに伝える。ドミニクに伝えた情報は市中に出回ってはいないが、同盟と取引のある商人にある程度の金額を払えば得られるようなレベルのものばかりだ。それでも店に来ればタダで聞けるわけだから、必然とドミニクに対する客の口も軽くなる。
これじゃまるで『ヒモ』だなとカウンターに座って、ボックスソファーの賑やかな笑い声を聞きつつ俺は自嘲せざるを得なかった。お客も少しずつ増え、狭い店は満席になることもある。働く女性も増えたことで、ドミニクも勤務日数を週二日に減らしてお客の数を調整している。年が明けて二月、三月。帝国軍の遠征を
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