第32話 羽化後の雨
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い声と喧噪をまき散らす一〇代の男女グループ。目つきの悪い少年は買い物袋を下げて一人ぼっち。
「ビクトル。私、これから行きたいところがあるけれど、一緒に来ない?」
「構わないが、あまり遠いのは」
「場所は中央市街よ。帰り道になるわ」
そう言い放つとドミニクは席を立ち上がり、すたすたとメインストリートへと歩みを進める。俺もその後についていこうとするが、その行く手をウェイターが遮る。俺が若いウェイターを睨み付けると、その手にはオーダー表が握られていた。
移動中、ドミニクはずっと黙ったままだった。何かに怒っている……わけでもない。怒っているならば一緒に行きたいところがあるなどと言わないだろう。フェザーン生まれの彼女なら、俺の尾行を巻くことなど容易なはずだ。リニアから降りたときも、舗装された道を歩いているときも、ひたすら無言。日曜日なので当然人通りは多かったが、中央官庁や行政府が林立する地区に入ると途端にその数は減る……
フェザーン自治政府警察本部、航路局、少し離れたところに自治領主府、財務当局、フェザーン準備銀行、超光速通信管制センター……ただひたすら『仮想敵』の施設が俺の視界を抜けていく。余計に呼吸が荒くなる。そして、ドミニクの歩みは全く止まらないが、もうここまで来ればドミニクが向かいたい場所というのは想像がつく。華美ではないが、だからといって実用一点張りでもない重厚な造りをした建物。自由惑星同盟フェザーン駐在弁務官事務所。
その正門から五〇メートルくらいの場所でドミニクは立ち止まる。おそらく、いや間違いなく、俺とドミニクの姿は赤外線監視システムで捉えられていることだろう。俺が一人で映っている分には問題ない。何しろ日曜日を除くほぼ毎日、この建物に通い詰めているのだから。だが、ドミニクは……
「行きましょう」
ドミニクはそういうと狭い路地へと身を翻す。その動きは素早く、ついていくのも精一杯。ただ路地に入った時に僅かに感じた尾行の気配は、あっという間に消えていく。一〇分程度の運動の後、たどり着いたのはいつも来るドミニクの店。地下に降り、鍵を開けて入ると、当然ながら人の気配はない。
「どこにでも座って。今日が休日だってみんな知っているから誰も来ないわ」
俺がいつものカウンター席に座ると、いつもなら叔父が立っているカウンターにドミニクは入り、下の棚から深紅のリキュールを取り出した。並べられたグラスを二つとって、俺の前に並べてリキュールを注ぐ。俺の分を注ぎ終わると、ドミニクは断るまでもなく一気に自分の分を飲み干した。吐きだした血のように薄い唇に残った赤いリキュールを右手で拭うと、カウンターテーブルに両手をつき、俺の顔に自分の顔を寄せ付ける。据わった薄い空色の瞳の中に、俺のとぼけた顔が映る。
「さて、ビクトル
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