第32話 羽化後の雨
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違う。五〇フェザーンマルクより安いものは見当たらない。おもちゃでもそれなりに値が張るのはあったけれど、為替レートから考えても四〇フェザーンマルクを超えたものを買った覚えはない。
「ちょ、ちょっとドミニク……」
「ビクトル、妹さん以外の女の子にプレゼントを贈ったことはないんでしょう?」
「そ、そんなことは」
前世を含めればある。あるにはあるが、贈られたときの相手の微妙な表情を思い出し、暗澹たる気分に陥る。
「じゃあ黙ってみてなさい。上の妹さんは褐色肌に金髪だから……これ。真ん中の妹さんは白い肌に黒髪だからこれと。一番下の妹さんは、もう少し可愛いデザインがいいでしょうね。じゃあ、これ。あ、あとこれも」
二八〇マルクに二三〇マルクに一九〇マルクに五五マルク……せしめて七五五フェザーンマルク也。
「なんで四つ?」
「最後の腕時計、別のデザインにしてもいいのよ。その代わり五〇〇フェザーンマルクになるけど?」
一瞬ではあるが、原作でよく見たあの迫力ある目つきを見せつけられ、俺は両手を挙げざるを得ない。それでも五五フェザーンマルクの品で抑えてくれたのは、ドミニクの好意だろう。店員の残念とも微笑ましいとも取れる表情に、財布から大枚を出す俺としては、もうどうにでもしてくれといった気分だった。ご自宅まで配送しますか、という問いには即座に俺は頷き、ドミニクが五五マルクの腕時計を早速腕にはめている隙に、グレゴリー叔父の自宅住所を記入する。ただし配送料は三八〇フェザーンマルク也……
「女の子へのプレゼントを買うときはもう少しお金を持ってくるものよ」
全くの浪費の後、テラス式のカフェでドミニクは綺麗な長い足を見せつけるように組んで、俺に言った。為替レートで行けば、今日ここまでの出費は月給の半分にほぼ等しいのだが。
「腕時計の代わりに、次の火曜日のお代は半額にしてあげるわ」
恩着せがましいというよりは、折角ついた贔屓の客へのサービスという感じでドミニクが言うものだから、余計に腹がグルグルとする。深く息を吐くつもりでモールのメインストリートを眺めると、若い少女のグループがジェラートを片手に、お喋りしながら歩いているのが目に入った。ジュニアスクールくらいだろうか。年齢だけで言えばドミニクと同じぐらいだ。俺の視線に気づいたのか、ドミニクも少女の一団に視線を向ける。
「ああいう姿を見て、私が傷つくとでも思っているの? ビクトル」
「いいや。あちらに行こうと思えば、今からでも方法があることを、君は知っているはずだ」
「……そうね。実の親がいないのは貴方も同じだったわね」
しばらく俺とドミニクは視線を合わすことなく、メインストリートの人の流れを見つめた。幼い子供を肩車した父親と乳母車を押す母親。周囲にハートをまき散らす二〇代のカップル。笑
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