第31話 神に従う赤い子羊
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られ、情人の一人となって一財産築き、ルパートを騙し、ルビンスキーの側で多くの陰謀を見つめてきた女性の、それが一五歳での意地だった。
「俺が気前のいいパトロンでなくて悪かったね」
俺はしばらくの沈黙の後、そう応えるしかなかった。学校に戻れと言うのも、覚悟を決めろと言うのも簡単だ。だが学校に行けと言うのは今までの努力も、将来の夢も諦めろと言っているのに等しい。覚悟を決めろと言うのは彼女を今まで支えてきた精神への侮辱だろう。
「……最初から期待していないからいいわよ。おかしなものね……フェザーン人の私より、フェザーンの事を理解している同盟の人なんて」
そう言うとドミニクはすっかり氷の溶けた烏龍茶を一気に飲み干すと、顔だけ俺に向けていった。
「こういうの、本当はルール違反なんだけど、貴方の名前を伺ってもいいかしら?」
「……ビクトル=ボルノー。ビクトルでもボルノーでも、どちらで呼んでも構わない」
情報部で勝手につけてくれた(というよりブロンズ准将の簡単なアドバイスで作った)偽名を俺は口にした。前世を含めて、偽名を名乗るのは初めてで、緊張していないと言えばウソになる。それを感じ取ったわけではないだろうが、ドミニクは一度目を細めた後、俺が今まで飲んでいたグラスに手を伸ばし、残り少なくなっていたウィスキーを一気に呷ると、空になったグラスを俺の目の前で掲げて言った。
「ビクトルさんの速いご出世を、私は心待ちにしているわ」
それからも俺は毎週火曜・木曜・金曜と変わらずドミニクのいる店に通い続けた。さほど高い店ではないとはいえ何度も通うわけだから、出ていく額も結構なものになる。それまで外食で済ませていた昼食も弁当にし、それなりに生活費を削ってどうにか月収支を黒字に持っていくことができた。時折俺を食事に誘ってくれる同僚もいたが、預金額を想像してから乗ったり断ったりをしている。それゆえか『ボロディン少将の家は倹約なのか』と変な噂すら立ってしまった。ゴメン、グレゴリー叔父。
そしてフェザーン当局から帝国軍の情報が入り、弁務官事務所での確認調査などで残業や泊まり込みがない限り、いつものように二〇時にはカウンター席の一つを占めて、ドミニクの歌と狭いスナックの室内を漂う来客の噂話に耳を傾ける。酔客に絡まれたときには笑顔で対処し、二ヶ月もすると常連として認識され、特にドミニク以外話しかけてくる人はいなくなった。時折女性が話しかけてくることもあったが、しばらくすると俺を挟んで反対側の席にドミニクが座るので、みな気まずそうに去っていく。
「若い男性がこの店に来ること自体、珍しいことだから彼女達も『機会』を逃したくないの。わかるでしょう?」
ドミニクは苦笑して俺にそう応えた。
「彼女達、ビクトルのことを『ヴィクトール要塞』と呼んでいるわ
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