第三章
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第三章
「はじめてワーグナーのタイトルロールを歌われるわけではなかったですね」
「はい」
楽屋に金髪碧眼に長身の美男子がいた。そこで椅子に座って穏やかな笑みを浮かべながらそのジャーナリストのインタビューを受けていたのであった。
「以前にもヴァルターを歌っています」
「確かバイエルンででしたね」
「そうです」
バイエルンにおいても歌劇場がある。ドイツには様々な歌劇場がある。それはイタリアのそれにも匹敵する数とレベルがあるのだ。
「あの時はかなりの経験になりました」
「ニュルンベルグのマイスタージンガーはそこまでいい経験になったのですね」
「これまでの私は」
ここで彼は自分自身についても語った。
「モーツァルトやロッシーニをメインに歌ってきましたが」
「そうですね」
その言葉にそのジャーナリストは応えた。初老の女のジャーナリストだ。
「シュトルツィングといえばそのイメージが強いですね」
「無論それ等の役はこれからも歌っていきます」
それは断っておくのだった。
「ですがここで私は新たな分野にも足を踏み入れたいと思ったのです」
「それがワーグナーですか」
「そうです」
はっきりと答えてみせた。
「ワーグナーは確かに困難な歌であり喉にかかる負担も大きいです」
「ええ」
その通りであった。ワーグナーは長いだけでなく非常に困難な哲学や思考が音楽の中にある。それだけではなく歌自体にも喉にかける負担が大きく彼もそれを心配されているのである。だが彼はそれに今あえて答えてみせてきたのである。
「しかしそれでもです」
「あえて挑戦したいと」
「無論喉には注意を払っています」
これは当然のことであった。歌手として。
「そのうえでこのローエングリンも歌います」
「ヴァルターの時にお話しましたが」
「はい」
話は一旦そこに戻った。
「ワーグナーを、このヘルデンテノールを歌うのははじめてではないですね」
「そうです。ローエングリンにしろ」
今歌われるその役もそうだったのだ。
「歌ってきました。最初はベルリンでそして次は」
「メトロポリタンで、でしたね」
「そうです」
ジャーナリストのその言葉に応えて頷くのだった。アメリカニューヨークにある歌劇場だ。ここで歌うということは歌手としての成功を意味している。
「あの時の成功で今こうしてバイロイトで歌わせて頂くことになりました」
「バイロイトでですね」
「まさか。ここに来るとは」
彼はそのことに深い感慨を覚えていたのだ。バイロイトで歌うということはワーグナーを歌う者にとって非常に名誉なことであるのだ。何しろワーグナーの聖地だからだ。
「思いませんでした。しかしだからこそ」
「歌いますか」
「はい。是非共今度の舞台を成功させます
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