第一章
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けれど」
感動していたのだ。両親はそんな彼に対して答えた。
「それがどうかしたのかい?」
「そんなによかったの」
「よかったなんてものじゃないよ」
その感動を隠すことなく両親に答える。その青い目をカーテンコールに向けている。観客席は歓声と拍手に包まれている。その二つもまた彼を覆ってしまっていたのだ。
「こんなに凄いものがこの世にあったなんて。ねえ、お父さんお母さん」
ここで彼は両親に言うのだった。
「僕、歌手になるよ」
「歌手にかい」
「そうだよ、それで大きくなったらね」
今カーテンから白銀の騎士が出て来た。そのローエングリンが。
「あのローエングリンになるんだ。絶対にね」
そう固く心に誓う。しかしそれは彼だけではなかった。レニングラードにもう一人いたのであった。
労働者用のアパートの中でエリザベータは言うのだった。そのピンクのドレスをまだ着ながら。
質素なアパートの中にそのドレスは不釣合いであった。しかし何故か彼女はそれをまだ脱ぐことはなく両親に対して話していた。
「大きくなったらこのドレスだけじゃなくてね」
うっとりとした顔で語っている。
「あの白いドレスを着るわ」
「白いドレスって?」
「あのお姫様が着ていたドレスよ」
ローエングリンのヒロインエルザのドレスのことだ。エルザは大抵が白いドレスに身を包んでいる。今日の舞台でもそうであったのだ。
「何時か私も着てみたいわ」
「あらあら、それだったら」
母親は娘のその言葉を聞いて笑顔になる。その笑顔で彼女に言うのだった。
「歌手になったらいいわ」
「歌手に?」
「そうよ。歌手になったら着られるわよ」6
娘に対して教えるように言う。
「歌手になったら?」
「そうよ。あの舞台に立ってみたいの?」
「うん」
母のその言葉に頷く。
「立てるの?私が」
「そうよ。ただしね」
ここからは真面目な顔になる。その真面目な顔でまた娘に告げる。
「勉強しないと駄目よ」
「お勉強しないとなれないの?」
「あの舞台に立つにはね」
そう娘に対して言うがそれがエリザベータの心の中に滲みは入っていくのであった。それは母が思うよりもずっと深く強いものであった。
「たっぷり勉強しないといけないの。それでもいいかしら」
「どれだけ?」
「ずっとよ」
娘の目を見て告げる。
「それでもいいかしら」
「うん。私それでもいい」
エリザベータは母のその言葉に頷くのだった。純粋だがしっかりとした声で。
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