第五章
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第五章
その次の日。彼は約束通り持っている中で一番いい服を着てきた。親から買ってもらったスーツである。スーツと言っても着ているのはズボンとベストにネクタイで上は着ていない。そのかわり上から黒い長いコートを羽織っていた。
「これでいいかな」
駅前の噴水のところで待ち合わせながら呟いた。見れば彼の他にもここで待っている者は多い。ここは格好の待ち合わせ場所なのである。
「約束通りにしたけれど」
彼にしてはそのつもりであった。あくまでそのつもりであるが。だが厳しい感じのする美有には何を言われるかわからない。それが気懸かりであった。
「まあいいか」
「お待たせ」
そこで声がした。彼女の。
「龍華さん」
「あら」
彼を見ての声だった。振り向くと共にその声が聞こえたのだ。
「いい服じゃない」
「こんにちは・・・・・・って」
挨拶が途中で途切れてしまった。
「そうかな」
「ええ、いい感じよ」
美有の声が笑っていた。納得してくれた声であった。
「そうでなくちゃね」
「うん・・・・・・って」
恭輔はそこにいる美有の格好を見て思わず言葉を失った。そこにいる彼女は赤い振袖姿だったのだ。着物の生地は絹でそれが鮮やかな光沢を放っている。帯も黄色で見事に映える。そうして桜や桃の花の模様が実に見事である。髪も奇麗にまとめていて何処のお嬢様かと本気で驚いたのだ。
「どうしたの、その格好」
「当然でしょ」
「当然!?」
「ええ、そうよ」
美有は平気な顔で述べてきた。
「これから御会いしなければいけないから」
「御会いするって」
「お父様とお母様に。二人でね」
「えっ!?」
恭輔はその言葉を聞いてまた声をあげた。
「あの。お父様とお母様って」
「うちの家のことは聞いてると思うけれど」
「う、うん」
彼女の家が華道の家元だということは聞いている。だがそれにしてもだ。あまりにも唐突なことにしか聞こえなかったのである。
「だったらわかるわよね」
「会うの、これから」
「そうよ。もう車は待たせてあるから」
「車って」
またぞろ話がおかしくなったと思った。
「何、それ」
「だから車よ」
美有はまた彼に告げた。
「車を待たせてあるの。爺やがね」
「爺や・・・・・・」
話がどんどん大きくなってきているのがわかる。今度は爺やときた。彼女がお嬢様だということもほんとうであった。それもかなりの、である。
「さあ。行くわよ」
「車までだよね」
「何言ってるの、家までよ」
こう言い返された。
「さっきから言ってるじゃない」
「はあ」
「『親しい』お友達ができたって紹介しないといけないから」
「お友達なんだ」
それにしてはあまりにも物々しいものであるが。
「そうよ。いいわね」
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