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短編集
春よ来い
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 雪山に残ったスノーボード。酷く傷んだそれは、荒廃という寂しさよりも、時間の経過による印象の変化を伴って次の、そう、春の訪れを物語っていた。


 四月の初め、千五百米から二千米の山々が連なるこの地方では、道路や施設を除いて、まだ大分山間部は雪に覆われている。
 村と町を繋ぐ道路は、道路中央部から流れる温水によって、雪がやんで暫くすればチェーンを巻かない車でも通れるようになる。そんな道路を、私はクロスバイクで登っていた。
 視線を原生林に向けると、道路脇に広がる白樺は、まだその足元を白く隠し、時折その合間に人や獣の足跡を残すのみだった。
 半刻程であるスキー場についた。まだ斜面は雪で覆われているが、リフトは稼働せず、施設内も人の活気はなかった。
 この地方では山間部には何ヶ所かスキー場がある。今から三十年以上前に起きたスキーブームに便乗する形で、この何もなかった山々の斜面を開発し大量のスキー場を作り上げたのだ。だが、当たり前だがブームは過ぎる。過剰に作られたスキー場は人気のないものから淘汰されていった。場所によっては、シーズンオフにも山頂までのリフトを観光客向けに動かして収入を得て存続している場所もあるが、残念ながらここはそうはなれなかった場所だ。人気は、ここ数年ない。
 私はここが好きだった。人気がないこの場所は、人工物でありながらどこか自然らしかったからだ。人が織り成す営みは、時として季節や自然と同期しない。人がいないことで、時の流れが自然と同期になっているからなのかもしれなかった。
 クロスバイクを降りて近場を散策する。バッグに入れてあったミラーレスカメラを手に取って回りを写していった。偶には魚眼レンズをつけて、偶には望遠で、周りの景色を。雪に多くを覆われたこの場所で、数少ない春を探しながら。
 私は春が好きだった。幼い頃にスキーで怪我をして以来雪を使って遊ぶことから興味をなくし、かといって他の遊びができるでもない冬が嫌いになったから、冬から解放される季節である春を好まずにはいられなかった。であるから、私は冬になると願わずにはいられない。
 春よ、来い。と。

 半刻ほど周りを散策した頃、太陽が隠れた。
 山間部を流れる風は、時として水蒸気を寄越す。それがある程度の大きさを持てば、高さによって名前を変える。今いる高さなら霧、より高ければ、雲に。これは、後者だった。
 そうこうする内に、俄雨が顔を覆った。濡れることへの嫌悪より先に、頬を滴る水の温さに私は喜んだ。
 春と言えば何を思い浮かべるだろうか? 桜や沈丁花はこんな高所では見ない。否、そも、風景の要素であるとするならば、如何せん周りを覆う雪山は、花という要因を容易にその面積を持って覆い隠す。であるからに、そう、私は春と言えば、俄雨を想像する。僅かに咲いた野草の葉を艶や
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