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スミレの花が咲いて
スミレの花が咲いて
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[9] 最初
こで今まで黙っていた若者が口を開いた。
「あなた」
「この首飾りをくれる時に言ったな」
 彼は娘に対して優しい声で語りかけてきた。
「何時までも一緒だと」
「はい」
「死ぬ時もだ。それはわかっているな」
「けど」
「いい。もう覚悟はできている」
 若者の声がさらに優しいものとなった。
「俺達は何時までも一緒だ、いいな」
「わかりました」
 二人は頷き合った。逃げるようなことはしなかった。
「行こう」
「はい」
 二人を弓と槍が貫いた。こうして二人は死んだ。それはある春のことであった。
 長老はそれを風の便りで聞いた。彼はそれを聞いて悲しげな顔で頷くだけであった。それ以上何も語ろうとはしなかった。
 季節は流れた。夏になり秋になった。そして冬が過ぎまた春が訪れた。長老は春になると風の便りで聞いた二人が死んだ場所へ向かった。一人ポツリと向かったのである。
「ここか」
 彼はその場所に着くと一言そう呟いた。もうそこには二人はいなかった。
「わしのせいじゃな。あの時やはり止めておくべきじゃった」
 だがここで風の声が聴こえた。そうではない、と言っていた。
「むっ」
 彼はそれを聴いて耳を澄ませた。そしてまた聴いた。下を見てくれ、と言っていた。
「下を」
「下を」
 長老は風の声に言われるまま下を見た。するとそこには青がかった紫の小さな二つの花が咲いていた。
「そうか、御前達か」
 もう声は聴こえなくなっていた。だが長老にとってはもう充分であった。彼はその小さな二つの花を見てこくり、と頷いた。
「わかっておるぞ。御前達のことは。そうか、花になったか」
 彼はその小さな花達に語りかけた。
「そうじゃ。例え人として結ばれなくとも花となって結ばれればそれでいい。それが御前達の望みであるのならばな。わしはそれをひっそりと祝うだけじゃ」
 そして一言そう言った。
「それではな。これからは野山を御前達で埋め尽くすがいい。そして」
 彼は言葉を続けた。
「二度と離れることのないようにな。もう永遠に」
 花は何も語らなかった。ただ風に揺られたのか長老の言葉に頷くだけであった。彼はそれを見て微笑むだけであった。
 この花は後にスミレと名付けられた。これがこの花の誕生であった。そして今この花は何処にでも咲いている。だがその生まれは多くの者が知らない。そしてこの花の元の姿も。全ては古の物語の中にあることであった。


スミレの花が咲いて    完


                 2005・3・10
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