第八章
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第八章
「それだけよね。あるのは」
「ええ、それだけ」
多恵は顔を上げていた。天井を見ている。千恵とは対象的に。それで話していた。
「それだけだけれどね」
「それと一緒にそれしかないわよね」
こう表現した。今度は。
「ええ、まあ」
「そういうことなのよ」
答えた多恵の言葉に頷いてみせてきたのだった。
「それだけなのよ」
「そう。それだけなの」
そのうえでこう結論付けた。
「だから。気にしないでいいわ」
「そうなの」
「それでね」
ここで話を変えてきた。
「ええ」
「ブローチ、有り難うね」
また礼を言ってきたのだった。
「本当にね」
「いいわよ。そんなに御礼言わなくても」
「何かね。言いたくて」
ここでうっすらと笑うのだった。多恵にとってはいささか場違いの笑みだったが千恵にとっては違っていた。しかし多恵にはそれがわからないのだ。
「それでね」
「そうだったの」
「ええ。それじゃあ」
ここまで言って千恵は言葉を止めるのだった。
「私はこれで」
「寝るのね」
「お風呂も入ったしね」
「そう。じゃあ私も」
「ゆっくりと入ってくればいいわ」
「ええ。それじゃあ」
千恵のその言葉に頷いて席を立つ。それから風呂場に向かう。千恵は彼女の背中を見届けていた。そのうえで一言呟いたのだった。
「幸せにね」
こう呟いてゆっくりと立ち上がって自分の部屋に戻った。それで終わりだった。
それから暫くして。千恵は多恵を誘ってきた。
「どうしたの、また急に」
「提案したいことがあるの」
またリビングだった。だが今度は紅茶を飲んではいない。ソファーに向かい合って座って飲んでいた。飲んでいるのは缶のカクテルだった。
「提案したいこと?」
「そうなの」
また多恵に告げる。
「デートだけれど」
「デート?」
「実はね、私」
ここで多恵に対して言う。
「彼氏ができたの」
「えっ、多恵にも」
「法学部のね」
彼女の相手は法学部らしい。純の経済学部とはそこが違っていた。
「人なんだけれど」
「そうなの。法学部の」
「ええ。また裕香奈の合コンに誘われてね」
「裕香奈のなのね」
「そうなのよ。まただったのよ」
一口含んでから多恵に答えた。ジントニックの酸味が彼女の口の中を支配する。その支配される感じを楽しみながらの言葉だった。
「また誘われてね」
「千恵だけだったの」
「多恵にはもう弓削君がいるじゃない」
一瞬だけだったが顔を曇らせたがそれをすぐに消した。
「だから声をかけなかったのよ、裕香奈も」
「そうだったの」
「そうよ。それでね」
また多恵に対して告げる。
「知り合ってね。それからだったのよ」
「私と同じなのね」
「そうね」
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