第一章
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わり今ここにいるというわけである。
「それは」
「その子供達も大きくなって」
だがそれはあくまで小さな子供で。大きくなればまた夫婦の存在が戻って来る。今度は若くはないがそれでも熟した時間がそこにはあるのだ。
「やっと来られるようになって。よかったわ」
「そうだな。本当に」
「それでね」
妻は穏やかな笑みを夫に向けて声をかけてきた。
「覚えているかしら。全部」
「全部?」
「結婚する前のことも」
それを夫に対して言ってきたのだった。
「覚えているかしら」
「ああ」
夫は妻のその言葉に頷いた。やはり湖と妻の顔を交互に見ながら。見ればそれは妻も同じだった。だが彼女はどちらかというと夫の方をよく見ていた。
「御前とはじめて出会ったのは」
「ここだったわ」
妻は言う。
「ここで。貴方は一人旅で」
「御前は喫茶店でアルバイトをしていて」
「お給料がよかったから」
妻は昔のことをその目の前に浮かび上がらせながら言葉を出す。
「それだけだったけれど」
「それで俺と出会ったのもここだったよな」
「偶然だったわ」
二人は同時に同じものをその目に見ていた。それは二人にとっては永遠に忘れられない貴く、そして美しい記憶であった。宝石のような。
「休み時間にこの湖を見に来て」
「俺はここで昼飯を食べていたな」
湖の端に置かれているボートを見ながら言う。彼はその時ボートを漕ぎながらその上で昼飯を食べていたのだ。サンドイッチと牛乳の質素な食事を。
「そこで御前をたまたま見て」
「あなたを見て」
妻もその時のことを思い出して語る。
「それがはじまりだったな」
「そうね。声をかけたのはあなただったわね」
「ああ」
彼は答えた。短いがはっきりした声で。
「奇麗だったからな。今と同じで」
「もう」
今の夫の言葉には頬を赤らめさせる。あの時の少女の顔で。
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