御前が嫌いだ
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てるぜ」
勿論本心からではない。あからさまな嫌味だ。いつもならこれに乗ってくる。だが今日は違った。
「・・・ありがと」
「え!?」
そう言うと部室を後にした。後には呆気に取られる裕二がいた。
「・・・・・・あいつ今日はどうしたんだ」
首を傾げる。考えようとしたがふと窓の外に見えた空は暗くなりかけている。裕二は慌てて帰路についた。
大会当日遂に千里の出場する種目、百メートル自由形が始まった。観客席から応援が響く。
「せんぱあーーーい、頑張ってくださあーーーーい!」
一年生達の応援声である。千里は後輩達には優しく面倒見がいい先輩として通っている。
千里はその声援に対しにこやかに手を振る。彼女は第三コースにいる。
相手は第五コースだ。ちらりとそちらを見る。
向こうは千里には気付いていない。試合前にはそれだけに集中するタイプらしい。
千里も前へ向き直った。彼女の顔からそれまでのにこやかな笑顔が消える。真剣勝負の前の真剣な表情だ。
「位置について」
審判のアナウンスが響く。選手達はそれに従いコース台に上る。
「用意!」
選手達が身構える。視線がプールに注がれる。
笛が鳴った。選手達が一斉に飛び込む。
手と足で水を切っていく。白い泡飛沫が立ち魚の様に泳いでいく。
選手の中から第五コースの選手が出てきた。千里のライバルだ。
だがもう一人でてきた。第三コース、千里である。
「先輩、頑張れ!」
「村岡あ、行けぇ〜〜〜っ!」
部員達も応援する。千里の耳には入っていない。だが皆応援している。
裕二は千里が泳ぐのを黙って見ていた。声援は送らない。彼女が嫌いだからではなかった。マネージャーの仕事は帰ってきた選手を讃え、いたわるものだと先輩のマネージャー達から教えられていた。競技中は冷静に選手を見守りその後のケアやフォローに力を入れるものだと教えられてきた。
確かに積極的に声援を送るマネージャーもいる。だが裕二は先輩の教えを忠実に守っていた。
(千里・・・・・・行けるか!?)
だが内心は別である。たとえいつも喧嘩していても同じ部の仲間である。勝って欲しい。
もうすぐ五十メートルである。折り返しターンだ。千里はターンが抜群に上手い。
(ここだ・・・・・・!)
五コースに僅かに遅れてターンに入る。だがそのターンが速かった。速いだけではない。遠くにも跳んだ。
「行けぇーーーーっ!」
部員達の声がプールに木霊する。千里が抜いた。
それからの千里は速かった。それまでも速かったがそれ以上に速かった。どんどん五コースの相手を離していく。
進む。最早前には誰もいない。そのままゴールまで突き進んだ
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