アインクラッド 後編
優しさに包まれて
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い生地が音もなく切れた。それを落とさないよう慎重にフォークですくい、口に運ぶ。ふわふわのベイクドチーズケーキをその上に乗った濃厚なレアチーズケーキが包み込んで、控えめの甘さが口の中でとろけた。この一年、節約のために食費を限界まで削ってきたわたしにとっては、ほっぺたが十個くらいは落ちてしまいそうな美味しさだった。あまりの味に言葉を失いながらフォークを置いて、脇のコーヒーに手を伸ばす。今までコーヒーなんてものは苦いだけのものだと思っていたけれど、このカップに注がれていた液体はミルクがたっぷり入っていたせいもあって苦味もまろやかで、口の中に残っていたケーキの余韻を綺麗なまま洗い流してくれた。
「美味しい……」
コーヒーの香りが微かに残った息をほうっと吐く。正面のシリカちゃんが安心したように笑った。
「よかったぁ、気に入ってもらえて……。あ、そういえばこのコーヒー、マサキさんが淹れたんですよ」
「えぇ!? マサキ君が!?」
びっくりして、手の中のカップを二度見。
意外だった。まさかあのマサキ君が、こんなに美味しいコーヒーを……。マサキ君が厳しい顔で、まるで化学実験みたいにコーヒーを淹れている場面を想像してしまって、思わず噴き出した。シリカちゃんも同じようなことを考えていたらしく、二人で顔を見合わせて笑う。そうしたら、ちょっぴり心が軽くなったような気がした。
「えっと、話が逸れちゃったね。《思い出の丘》にはこの道を通って行くんだけど、この辺にちょっと嫌なモンスターが……」
気を取り直して、わたしは四十七層の説明を再開した。ケーキとコーヒーに手を伸ばしつつ、そう言えば……と話が何度かわき道に逸れつつ一通りの説明が終了したのは、午後十一時を回っていた。それじゃあそろそろお開きにしようか、という話になり、一足先にシリカちゃんが退室。わたしも自分の部屋に帰って眠ろうと、残り一口程度になっていたチーズケーキを平らげようとした時、不意に部屋のドアが開いた。
「あ、マサキ君。お帰りなさい」
「ああ。打ち合わせは済んだのか?」
「うん、今シリカちゃんが帰ったところ」
「そうか」
マサキ君は事務的な口調で応答すると、わたしの向かいに腰を下ろした。と思ったら、またホロキーボードを出してメッセージを打ちだす。
――「フレンドは取ってない」。わたしがマサキ君と最初に二人で言葉を交わした時の、彼の言葉だ。それなのに、今のマサキ君は現に誰かとメッセージをやりとりしているわけで……その相手のことを考えると、何故かちょっぴり胸の奥が痛んだ。それを押さえ込もうとしてチーズケーキのラスト一口を口の中に放り込みながら、目線が無意識にマサキ君の顔に吸い込まれていく。
理知的な印象の切れ長の瞳に、細いハーフフレームの眼鏡がよく似合って
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