Onze
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エルは確信犯なのだろう、にやっと笑ってわたしに顔を近づけた。
「呼んだんじゃない」
わたしはすぐさまエルの腰のあたりを蹴り上げて距離を取った。それもエルにとっては子猫に噛まれたぐらいでしかないのだろう。蹴ったわたしの足の方が痛い。彼が至く楽しそうにくっくっと笑っているのが見える。
何なのだろうこの男は。意味を成さない布も、この男も、本当にイライラする。どういう意図があるのだろう。わたしを、甘やかしている?
自分で考えてすぐさま首を振る。
いいえ、それはあり得ない。この男が、わたしを甘やかすなんてことをする訳がない。
「ナーシャ。俺はつくづくおまえには甘くなってしまうなぁ。こんな醜態、他の女には見せられん」
しゃあしゃあとそんなことをほざくエルの腰をもう一度蹴ろうとして、素早くエルに足首を掴まれた。
エルは変わらずにこにこと笑っている。わたしはさっと青くなった。
しまったと思って藻掻いたがもう後の祭りだ。エルの手はわたしの骨と皮だけの足を捕らえたまま、空に縫い付けられたようにぴたりと動かない。そこから伸びるわたしの膝が、まるで蜘蛛の巣から逃げようと足掻く蜂のように、見苦しく跳ねまわる。
「しかし、だ。俺はルパンほど優しくはないかも知れないな?ほら、こんな風に」
「…!」
ぐ、とエルの手にもの凄い力が篭もる。思わず食いしばったわたしの歯の隙間から堪えきれない息が漏れる。
「本部見学ツアーは子供用の杖が必要になるな。連絡しておこう」
エルは、どうでもいい世間話をするような調子でそう言うと、わたしの片足を掴んだまま歩き出した。わたしは引きずり倒され、地面に膝をつける。そのままずるずると引かれ、足の皮が地面で擦りきれる。
それはそう長い時間ではなかった。血の線が道を作る前に、わたしは放り投げられ、乱暴に車に乗せられた。シートに背を強かに打つ。
「楽しいデートの始まりだ」
エルが楽しそうに言った。
わたしは何を言っても無駄と諦め、目を閉じた。視界を遮断すればじんじんと足の痛みが身体に響く。エンジンの音を皮膚で感じる。
そう、きっといつか本当にこんな日が来るのだろう。男に痛めつけられ、車に連れ込まれ、視力も身体の自由も奪われるような日が。今日は、それの練習だ。わたしは運が良い。こんな、命の危機さえ覚えるような場面の予行練習が出来るのだから。「先生」には感謝しよう。少なくともこの男は今のところ、わたしをどれだけ痛めつけても、殺すのは惜しいと思っているから、命を奪われるような最悪の事態には
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