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或る皇国将校の回想録
第一部北領戦役
第十話 苗川攻防戦 其の二
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「望ましい事は得てして困難なものですよ」
 ――まったく、無茶ばかりを言ってくれる。
頬を攣らせながら新城が云う。
「知っているよ。出来れば、で良い。現状ならば撤退とて不可能じゃないからね。
あくまで保険だ――面倒は今更だろ、頼むよ」
凶相を歪める旧友の視線を跳ね返した馬堂少佐が命じると、新城は溜息をついた。
「了解です。大隊長殿」


午前十一刻 小苗陣地より後方十五里 北美名津浜
北領鎮台転進支援本部 司令 笹嶋定信


防寒着を着込み、雑魚寝をしている導術兵達から目を離し、転進支援本部司令である笹嶋は明日の行動の為に再び現状の再確認を行うべく書類に目を落とした。
最後に前日の独立捜索剣虎兵第十一大隊からの報告では遅滞戦闘は順調に続けられているらしい。それが今の所、笹嶋の知る唯一の良い知らせだ。

 ――導術兵は皆、疲労困憊で軍医の診断によると最低でも本日一杯は休ませないと死亡すら有り得るそうだ。
 ――龍士も翼竜ももう飛べない、一人は負傷すらしている。
 笹嶋の――転進支援本部の耳目は急速に衰えつつあった。
「司令!良い知らせです!」
浦辺大尉が駆け込んで来た。
「畝浜が手土産――30隻もの運荷艇を括り付けて到着しました!」

「ほう!それは、久々に良い知らせだ」
笹嶋も安堵の笑みを浮かべた。これで救命艇と合わせて転覆することのない船で一気に兵員を移送することができる。
「それと天象士からもこの天候回復も暫く続くと。
少なくとも二日間は荒れることはないと太鼓判を押しています!」

「それが本当ならば、明日の夕刻までには終わりそうだな。」
「はい。十分可能です。」
「導術兵が目を醒ませば――馬堂少佐達も生還出来るかもしれないな」

「それでも明日ですね。伝令も出す余裕は有りません。」
浦辺大尉が帳面に目を向けて言った。
――明日、か。それが致命的な遅れにならねば良いが。



「司令!海岸の残兵は2000名以下に減りました。」

「やはり明日の内に終わりそうだな。
残りが1000名以下になったら我々も撤収の準備をしろ。
あぁ、それと物資の破壊をしなければ、残った部隊の指揮官は?」
 浦辺大尉が書類を読み直す。もう一度読み直した。
「――近衛衆兵第五旅団・旅団長――実仁准将閣下です。」

「おいおい」
笹嶋は思わず失笑が漏れのを止めることができなかった。
 ――守原大将はどうやって生きていくつもりだろう?まごうことなき五将家の一員が皇族より先に逃げ出した公爵大将なんて笑い話にもならない。

「ならば畏れ多くも親王殿下に再び拝謁させて頂くとするか。」


二月二十二日午前第七刻 小苗陣地 後方半里 西方側道 防御陣地
独立捜索剣虎兵第十一
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