SS:歩き出した思い出
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いが、この階層ではちょくちょく降るようで嬉しい。しかし今日は雨ではないからそれは見れない。
ならば川だ。川もいい。
岩によってせり上げられる水や魚が跳ねてばちゃんと波打つ音。水草と水面が風に揺られ、常に揺れては形を変える流水が綺麗だ。
昔は水面に平らな石を投げる水切りという遊びがあったが、俺の腕では2回ほど水面を撥ねさせるのが限界だ。そもそも水切りの出来る川自体、段々と少なくなっているが。
噂によるとこの階層のどこかで水切りのクエストが存在し、クリアすると投擲スキルが上がるらしい。最もそれは俺には関係のない事なのだが。
しかし、作り物の世界のくせに水の動きも現実世界のそれとまるで同じだ。これほど細部にこだわる物理エンジンを作ったなど、このゲーム製作者はきっと変態に違いない。
「まぁ、そのおかげで俺はぼうっと出来る訳だけど・・・・・・」
この世界に来てから毎日歌っていた。
だが一つの事に没頭しすぎると、ある時全てを投げ出して別の事がしたくなるものだ。
今日くらいギターを握らなくてもいいのではないだろうか。幸いこの町はのどかで、このゲームの中に閉じ込められているという感覚を忘れることが出来た。
できれば気分転換ついでにこのゲームから出たいのだが、それが出来ればみんな困ってはいない。
死ねば現実に戻れるという説もあるが、どうも崖なんかを見ると落ちれば本気で死にそうな気分になるので実行する日は来ないだろう。
俺が歌を歌っているとは言っても、一度に聞きに来るのは多くて10人そこらだ。
彼らに歌うよう頼まれている訳でもないし、俺だって歌わなければいけない義務はない。
(偶には歌わない日ってのも、いいよな?)
そう自分に言い聞かせるように、無心で水を見つめ続けていた。
多分2時間くらいずっとそこにいただろうか。ふと物音が聞こえて後ろを向くと、高校生くらいの女の子が泣きながら走っていた。女の子は目元を手で覆ってぐずりながら走っているが、絶対前が見えていない。
そのまま走っていると川に落ちる、と気付いた俺は慌てて声をかける。
「おい君!前を見て走れ、そっちは川だぞ!」
「ひっく・・・う、くッ・・・何でよ、何で・・・・・・って、え?」
「あ」
言った時には既に、彼女の足は高めの堤防を通り過ぎて川の待つ虚空へと投げ出されていた。
漸く自分が川に落下しかけていることに気付いた女の子は大慌てで止まろうとするが、片足なので思うようにバランスが取れずに手を振り回している。
「きゃあああーーッ!お、落ちる!落ちるぅ!!」
「だから言ったのに・・・ほら、手」
「は、はい!!」
慌てた彼女が俺の掌を掴む。
が、しっかり立っていた筈の俺の身体が何故か女の子の方に目一杯引っ張られ――彼女が
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