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今宵、星を掴む
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進弾が爆発し、燃料が燃え上がる。
 梶谷と残った僚機は火中をくぐりぬけて突進を継続。先任の梶谷が三番機の前に出た。
 広い主翼の抵抗で浮き上がろうとする舵を必死に押さえつける。機体の振動すら感じる余裕はなく、梶谷を絡めとろうと交錯する機関砲弾の網を、左右に翼を揺らしてかわしていく。
 網の目は敵に近付くほど小さくなっていく。高度はすでに20メートルを切っていた。これ以上、降下するのは、梶谷の技量では難しい。
制空隊は新たな敵機に駆けずり回っているらしい。
眼前で高射砲弾が弾けた。必殺半径からは外れていたが、破片が主翼と風防を叩いて梶谷の精神を摩耗させる。XT信管はないが、高精度なレーダーはあるようだ。地上からの反射波を排除して、正確に狙いを付けてきている。撃墜まで時間の問題だった。
機体を横滑りさせようにも、あらゆる種類の火器が梶谷と僚機を狙っている。どこを見ても爆発か、機関砲弾の火線しか見えない。
 ええい、ままよ。
 梶谷はフラップを全開に下げた。急激に増した空気抵抗で、機体の速度がガクンと落ちる。その前方を機関砲弾が飛び去った。今度はフラップを上げる。増速した機体の後ろで高射砲弾が炸裂する。フラップの展開面積を調整して、加速度を変化させながらふらふらと飛行し、梶谷はなんとか目的地に達した。
6機に減じた疾風改の編隊は、敵陣の400メートル手前で翼下の噴進弾を発射。さらに、進むと500キロ爆弾を一斉に投下した。噴進弾はてんでばらばらの方向に飛び去って、いたる所で爆発する。その火炎を隠れ蓑にして、爆弾を投下した編隊は高度を維持したまま逃走を開始した。後方から500キロ爆弾の破裂音が聞こえてくる。梶谷は振り返りたい衝動をなんとか抑えつけて機体を走らせる。
 
 無事にすることができた。しかし、彼の機体には24の穴が穿たれていた。どれも小口径の機関砲弾によるものだった。僚機は4機を失い、今回出撃した3つの小隊は、作戦能力を喪失した。帰ったその足で作戦参謀に殴り込みをかけようとした梶谷を、生き残った僚機の搭乗員が引き止めた。梶谷は制止を振り切ろうとしたが、数の差で抑えつけられた。
 先に帰投していた三四三空の搭乗員たちがその様子を見ていた。表情はない。蔑みも諦観も闘志も、何も感じられなかった。
 そこで気付いた。出撃前、17人いたはずの搭乗員は10人になっている。しかし、梶谷が死にざまを知っているのは編隊長だけ。あとの6人は彼の知らないところで死んでいる。
 ああ、俺は何も分かっちゃいなかったのか。
 彼の知らない場所で決定され、現実が動いている。そして、誰にも知られずに死んでいく。叫びたければ、叫んでもとやかく言われないような実力が必要なのだ。
 


1950年2月6日 岐阜県 日本皇国空軍各務原基地

 冬の風が
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