第9話 斜め上
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切って、残り少ない紅茶を喉に流し込んだヤンは、俺にはっきりとした口調で問いかけた。
「人には向き不向きがあることを承知した上で、何故そこまで努力されるんですか? 名誉欲ですか? 出世欲ですか? それとも“ボロディンという家名に対する義務感”ですか?」
その台詞は一三年後に、俺と同い年の「不良中年」がお前に聞く質問だ……と言うことは出来ない。原作云々ではなく、ヤンの心の底に漂っていてなかなか表層に出てこない鋭い本音の矛先が、俺の喉を勝手に締め付けてくるからだ。原作におけるエベンス大佐のことを俺は今でも大嫌いだが、あの対話でどれだけ苦しんだかは分かるような気がする。そして結局、自分の信じたいと思う信念に殉じるように死を選択したことも。
だからこそ俺は本音で応えるしかない。その結果ヤンにどう思われようと、中途半端など許されることではないことを、俺は理解できる。
「名誉欲はある。出世もしたい。漆黒の艶やかで癖の全くない髪に、端麗で眉目整った、やや小柄な美女にモテたいとも思う。つまるところ俺は俗人が抱くであろうありとあらゆる欲望に貪欲だ、と自覚している」
俺の口は俺の腹の中から出てくる言葉を勝手に紡いでいく。そして俺自身がその異変に高揚しつつある。
「ボロディンという家名に対する義務感も当然だ。俺を産んだ実の両親、そして育ててくれた叔父夫婦。彼らが何処へ行っても『ヴィクは我々の自慢の息子だ』と誇れるようにありたいと思う。だが一番の、俺の最優先の欲望は……『平和』だ」
「……『平和』ですか?」
意図せず緊迫から急激に開放されてしまったと言わんばかりの、唖然とした表情でヤンは聞き返してくる。
「帝国と戦う事をほぼ義務づけられている軍人になることに精練する目的が、どうして平和なんです?」
俺は頷いた後、目の前に置かれたボールペンを右手の指の間で廻しながら応えた。
「俺の家、というか叔父の家には九歳を筆頭に三人の義妹がいる。みんな俺の自慢の義妹だ。今のところ軍人になる気配はないが、国家の存亡がかかるとなれば志願するかもしれない。俺は彼女達から志願する自由を奪うつもりはないが、戦場に立たせるつもりもない。その前にあの要塞を陥落させる。」
「……仮にイゼルローン要塞を陥落させたところで平和になりますか?」
「それは正直分からない。だが攻撃選択権を帝国から奪うことが出来れば、少なくとも可能性はある。選択権のない今の状況ではそれすらも望めない」
そしてその時までに、食器の名前をしている癖に役立たずな准将を、掣肘出来るような地位にいなければならない。あるいはあの作戦を立案する段階で、口を挟めるだけの権威と実力が。
「……その平和が恒久平和になりますか?」
「歴史に造詣の深いヤンなら分かるはずだ。人類歴史上
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