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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア
第一部 刻の鼓動
第四章 エマ・シーン
第二節 期待 第四話 (通算第69話)
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 メズーンにとって《ガンダム》は扱い難い機体だった。推力が強すぎて、機動の加減が難しい上に、ムーバブルフレームによる四肢の可動が、操桿に対してダイレクトに動くため、いままでのジムタイプと大きく違いピーキーに感じてしまう。操縦系は大幅に変わった訳ではないのに、別物に感じるほど違っているのだ。
 今でも《ガンダム》に憧れがないわけではないが、自信を喪失するには充分だった。メズーンとて高性能機に乗りたくない訳ではない。しかし、《マークII》は別だ。二度と乗りたいと思えないだろう。《ジム》のパーソナルカスタムやバリエーションとは根本的に異なる、新しい体系の機体――後に第二世代MSの祖と呼ばれる、MSの進化を加速した実験規格の塊だった。
 これはメズーンの感覚や能力に問題があるというより、《ガンダム》があくまで試作機であり、兵器としては不完全な存在であるということを示していた。如何に高性能でも、特定のごく僅かな人間にしか扱えない機体は兵器とはいえない。あくまでも次世代機開発のための実験機としてならば《ガンダム》は飛び抜けて優秀な機体だ。だからこそ兵器として《ジム》は、完成された機体に仕上がったとも言える。だが、現実として戦争の中で実験機や試作機を兵士に運用させるのは危険でしかない。実戦テストなら実働試験部隊に行わせるものだ。
 メズーンにしてみれば、テストパイロットが選ばれた者であり、試作機はあくまでも旗印であると、改めて認識させられたのだ。メズーンにとって《ガンダム》は遠い存在になってしまっていた。
「……《ガンダム》は暴れ馬です。自分の手には余ります。確かに、ずば抜けた機体ですが、乗り手を選びます。《ガンダム》が量産されても、乗りこなせるパイロットが足りないでしょう。自分はクワトロ大尉が相応しいと考えます」
 決まりが悪いのか、始めは言葉を濁しながらも、自己の見解をはっきりと述べた。
 メズーンとて量産機である《ジム》のカスタムタイプならある程度の活躍ができる自信はある。先ほどのカミーユやランバンぐらいには動ける筈だ。《ザク》でさえ、そこそこ健闘できる。しかし、《ガンダム》は操縦ができるだけではない、何かが必要だった。経験なのか感性なのか上手く説明はできないが、クワトロならば操縦できると思えた。
 メズーンのこの言葉はアムロ・レイという少年の特異性を表してもいた。暗にニュータイプという人種を肯定しているとも言える。アムロが忘れ去られ、《ガンダム》という機体の伝説が神話に昇華した今、ティターンズがその《ガンダム》を製造した意味を考えなければならない。
 ティターンズはニュータイプを否定しているのである。パイロットの伝説を消し去り、機体の伝説だけを残したのは意図的なメディアコントロールだった。にもかかわらず、その《ガンダム》を持ち出して開発を始めたのは
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