第8話 休暇
[3/5]
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
くつもりだ!! この痴漢野郎!!」
この場でもっとも聞きたくなかった言葉が俺の背中から聞こえてくる。首だけ振り返って少し視線を落とすと、若干ウェーブのかかった金褐色の髪の少女が、少し大きめのショルダーバックを肩に掛けて立っている。苦しんでいる女性を腕に抱える士官候補生と、それを睨み付ける美少女の図と叫び声には、さすがに行き往く人の足も止まるらしい。一瞬の沈黙が周囲を漂う。
「黙れ小娘!! 前に立ってさっさと道を空けるか、荷物を持って付いてこい!!」
こういう空気の時は、周囲の人間に『事件』ではなく『内輪もめ』と認識させて、余計な干渉をさせないようし向けること。前世で二度ばかり同じような場面で職質にあった俺の、ささやかな小知恵だ。
「おふくろさんが苦しんでるんだ、早くしろ!!」
まさか怒鳴られると思っていなかった美少女は、しばらく呆然とした後、周囲が急激に無関心へと変化していくのを感じ取り、再び俺を見上げ唇を噛みしめている。俺は母親と同じ色の瞳を見返すことなく、母親を抱えたまま歩き始めた。エスカレーターを歩き上りしている間、一度振り返ると美少女は黙ったまま俺の後に付いてくる。
改札口まで来て駅員に医務室の場所を聞くと、逆に部屋の中に導かれ、俺はそのまま女性を駅長室のソファに横たえることになった。美少女が横たわった母親の側に駆け寄るのを見て、俺は溜息を一つつくと、駅員に医師の手配を頼んだ。
「あ、一応ですが、名前をお願いします。規則なんで」
『モノ盗んでいませんよね?』と確認するような前世そのままの駅員の態度に、俺は無言で差し出された紙に自分の名前を書いて叩きつけると駅員室を出た。構内は相変わらず乗降客でごった返している。
「……ま、どうせ急ぐ道でもない」
“労多くして益少なし”か、と俺は自嘲すると、人混みに混じり込んで、ハイネセンポリス行きのリニアへ乗り込んだ。
グレゴリー叔父の家があるオークリッジの軍官舎街に着いたのは、それから二時間後。リニアを二度乗り換え、最寄り駅から二〇分ほど歩いてからだった。
一車線の道路に面し、やや広めの敷地には芝生が敷き詰められ、平屋のガレージに二階建ての母屋がある。家屋の素材は当然木ではないが、ぱっと見ではそれが分からないようにデザインされている。前世のアメリカ地方都市に多く見られる町並みを見て、俺はホッとした。ウサギ小屋と評される日本の建て売り住宅も郷愁を誘うが、こちらの世界に生まれてこのかた、寮を除いてずっと官舎暮らしだ。死んだ両親とも、今いる義理の両親とも。
「あ、ヴィク兄ちゃん」
家の前の、幅の広い歩道に設置された消防用の散水栓の上で、腰掛けていたアントニナが俺を見つけて手を振っている。レーナ叔母さんの薄茶色の肌と鮮やかな黒い瞳にやや厚めの唇、グレゴリー叔父や俺
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ