ユグドラシル編
第6話 CASE “Yuuya Sumii”
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間なら、自分たちの保身を一番に考え、他人を押しどけて逃げようとするだろう。道中、どんなに誰に迷惑をかけようと。そして、そういう人間が人類の大半なのだと、中学生の巴でも知っていた。
「今、研究の一環で、わたしの体を調べてる」
「碧沙の?」
「もしかしたら、わたしの血とかが、ヘルヘイムの、角居さんみたいな人に効く薬になるかもしれないって、戦極さんは言ったわ。今は血を抜いたり、試薬を打ってみたりして、経過観察中」
「――それ、あなたと角居さんを実験動物にしてるってこと?」
か、つぅん……巴は立ち止まった。碧沙も、巴から少し離れた位置で留まっている。
碧沙は放課後のダンスで浮かべるのと大差ない笑みを浮かべた。
「そんな……あなたも、角居さんも……それじゃモルモット扱いじゃない!」
「それでも!!」
碧沙は巴に負けず劣らぬ声で言い返した。碧沙が大声を上げたのを、初めて見た。
「自分の体一つで人類全部が救われるかもしれない。そんなこと言われて、無視なんてできる? わたし……無理よ。だってみんなに生きてほしい。兄さんたちも巴も、この街の人たち、国中の人たちに」
ああ、そうだった。呉島碧沙の本質は慈愛。誰にでも等しく注がれるモノ。惜しみなく振り撒くから、誰もが彼女に惹かれずにはいなかった。巴自身でさえも。
「わたしね、インベスの腹から産まれたんですって」
「――、は?」
「臨月になってお母さん、うちの避暑地に移ったの。何事もなく終わるはずだった。でもね、お母さん、見つけちゃったの。ヘルヘイムの果実。あれって、普通の人にはとてもおいしそうに見えるのよね」
「! まさかっ」
「ええ。お母さん、食べちゃったの。わたしがお腹にいる時に。ヘルヘイムの果実を」
「お母さんがインベスに……なったの?」
「うん、なったんですって。どうやって倒したかは知らないけど、とにかくお母さんは死んで、そのインベスの腹を裂いて出て来たわたしは、奇跡的にヒトの形で息をしてた。――どう? なかなかにサイケデリックな身の上でしょう?」
碧沙は背中で手を組み、サラサラの直毛を翻して巴に背を向けた。
「ヘルヘイム抗体が強いのも、胎盤と羊水の中で、ヘルヘイムに負けない! っていう本能が体を造り変えたんだろうって。わたしは果実を食べてもインベスにならないし、傷つけられても苗床にもならない。鼻が利くのも、勘が鋭いのも、だから」
そこで碧沙は巴の顔を恐る恐る覗き込んできた。
「な、なに?」
「気持ち悪いでしょう? わたしのこと。インベスから産まれたバケモノの子なのよ?」
「そんなこと、急に言われても」
碧沙は、目の前にいる碧沙だ。身の上がどうあれ、それは巴の中で、今の碧沙との関係に瑕をつけるものではなかった
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