第四章
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「ええ」
「素材を生かす、か。日本人のこの繊細さは噂通りだな」
「左右に繊細さとは全く無縁の大きな国がありますが」
「連中のことは言うな」
アメリカと中国のことだ。彼等はこの二国を無神経で横暴な国だと思っている。もっとも彼等にしてみればイギリスは悪徳の国であるのだが。五十歩百歩である。
「連中には繊細さという言葉はない」
「確かに」
「それよりもこのケーキだ」
またケーキに話を移した。
「これだけの味を楽しめるとはな。思ってもいなかった」
「シェフも苦労したそうです」
「そうだろうな」
その言葉に頷く。
「素材を生かすだけでなく全体の調和も」
「見事なのですか。私も食べてみたくなりました」
「後でそうするといい。紅茶ともよく合う」
言いながら今度は紅茶を飲んだ。口が紅茶の濃厚な香りに覆われる。それを味わいながら満足した表情を浮かべるのであった。彼は今確かに満足していた。
「それでだ」
彼は言う。
「この調和だが」
「はい」
話はそちらに移っていた。イアンもそれに応える。
「今まで考えたことがなかった。料理に関してはな」
「そうなのですか?」
「ここまではな。少し考えられなかった」
そう言い換える。流石に全く考えてこなかったというわけではないのだ。幾ら彼がイギリス人でもそこまで味に無頓着ではなかったのだ。人並以上に舌は肥えていたからである。
「調和か」
彼はまた呟く。
「大事だな、それは」
「確かに」
イアンもそれに頷く。
「それでだ。このケーキにしろ」
言いながら自分の言葉も確かめていく。ここでふと気付いた。
「あっ」
「!?どうされました?」
「調和だ」
彼はまた言った。イアンの言葉はこの時は耳には入らなかった。
「調和だ、いいな」
「え、ええ」
彼が急にそれを大きく言い出したのでイアンは戸惑いを感じていた。
「それだ。今までなかったのは」
「ですからそれは」
「ケーキだけじゃないんだ」
彼はそう言い出す。
「ケーキだけが調和じゃない。それはわかるな」
「勿論です」
何を言っているのかと思ったがそれは口には出さない。主にそのまま答えた。
「今まで私が足りなかったのはそれだったのだ」
「あの、何についてでしょうか」
「決まっているじゃないか」
イアンに対して言う。
「ナンシーに対してだ」
「ナンシー様に」
「そうだ、思えば私はあまりそれについて考えたことがなかった」
実は彼とナンシーの出会いはかなり突拍子もないものなのだ。一年前レストランに入った彼がアルバイトでウェイトレスをしていた彼女に一目惚れしたからだ。
これがはじまりであった。まだ婚約者が決まっていないのをいいことに両親を必死に連日連夜口説き落としあげくには親
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