暁 〜小説投稿サイト〜
大人のキス
第七章
[1/2]

[8]前話 [1] 最後

第七章

 その雨を見てだ。隆子は言った。
「あの、岩崎君」
「うん」
「お家まで早く帰らないと」
「そうだね。さもないと」
「濡れるわ」
「傘はあるけれど」
 それはと言ってだ。ランドセルを背中から外してそのうえでだ。そこから折り畳みの傘を出したのであった。
 それを開いた。そうしてだった。
「これでいいね」
「そうね。それでだけれど」
「うん。キスのこと?」
「どうする?続きする?」
 少し上目遣いになって彼に尋ねた。
「今から」
「どうしようかな、それは」
「私はいいけれど」
 隆子の方からの言葉だった。
「それはね」
「そうだね。じゃあね」
「ええ」
「ちょっとだけね」
 琢磨は気恥ずかしそうに笑ってこう返した。
「しようか」
「ちょっとだけって?」
「あの、こういうのも」
「こういうのも?」
「多分男の子から先にするものみたいだし」
 こう言ってであった。自分の顔をそっと近付けてだ。そうしてだった。
 唇と唇をそっと重ね合わせた。それですぐに顔を離したのだった。
 その唇を受けた隆子は最初はきょとんとしていた。だがそれが終わってから。言うのだった。
「今のが」
「これでいいよね」
 終わってから。琢磨は微笑んで言った。
「キスは」
「え、ええ」
 唇に手を添えてきょとんとした顔で話した。
「そうね」
「それじゃあね」
 琢磨はまた隆子に告げた。
「家に帰るから」
「そうなの。それじゃあ」
「さようなら」
 琢磨からの挨拶だった。
「また明日ね」
「ええ、また明日」
 こう別れの言葉を交えさせてだった。二人は別れた。後に残ったのはきょとんとなった顔のまま立ちすくむ隆子だけだった。
 そしてそれから時間が経って。隆子は大人になった。その朝だった。
「じゃあ今からね」
「うん、行って来るよ」
 こう笑顔で今家を出る夫に対して言うのだった。夫も言葉を返す。
「今日の帰りは遅くなるかな」
「そうなの」
「けれどね」
 それでもだという隆子だった。その顔はかつての幼い時の名残が残っている。
「それでもね」
「それでもなんだ」
「待ってるから。ゲームをして」
「おいおい、ゲームかい」
「丁度今はまってるゲームがあるのよ」
 にこりとして話す。エプロンをしていてもその中身はかつてとあまり変わっていないようである。それがわかる今の言葉だった。
「だからそれをしながら」
「待っていてくれるんだ」
「待ってるからね。じゃあね」
「うん、行って来るから」
「その前にね」
 隆子の方からの言葉だった。そうしてだ。
 身体を精一杯伸ばしてそれで夫にキスをしてだ。それからだった。
「行ってらっしゃい、琢磨君」
「うん、隆子ちゃん」
 
[8]前話 [1] 最後


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ