第一部
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「何せこの塔の構造は複雑でね」
微かに苛立ちを含んだ吐息に押され、遠目に塔の内部を見回してみる。
見渡す限り鉄で作られた重厚そうな複数の仕掛けと無数の歯車。
確かにたった一人でこの中を探し回るのは骨が折れそうだ。
ぶーぶーと文句を言いつつもやっと追い付いて来たカロルと肩を並べ、改めて自分も塔の中へと足を踏み入れる。
その瞬間異様な感覚を受け、ユーリは顔を顰(しか)めた。
「こいつは…」
「う…何この匂い…!」
密閉された空間に充満する激臭。
長い間開放されていなかった事で発生した黴の匂いと、血臭――その中に混ざって先ほどと同じ甘美な香りが鼻をつく。
手紙を受け取った時とはまた異なる花の香りだ。
それを感じ取ったのは自分だけなのか。
カロルを見ると顔を歪めて鼻を摘まんでいるし、ライアンはこの強烈な悪臭にも動じず涼しい顔で周囲に目配せをしている。魔物の気配があるので用心しているのだろう。
もしくは、この強い血の匂いを受けて探し人の安否を案じているのかもしれない。
「く、くさ〜い…」
カロルが情けない声を漏らす。
その途端青年二人の目線が彼に集中し、気まずそうに首を竦めて見せている。
「なあ、花の香りがしないか?」
「花の…?」
果てしなく続く塔の天井を眺めつつ、ユーリが問い掛ける。
間髪入れずその言葉に反応を見せたのはライアンで、何故か驚いた様子で目を丸めている。
しかし肝心の首領は首を激しく横に振り、鼻呼吸を避けている為か淀んだ声音で反発してきた。
「全然!血と鉄が錆びた匂いしかしないよ!」
「…そっか」
強気な言葉に促されるまま再び鼻を利かせてみるが、慣れが生まれたのか。先ほどの甘い芳香は感じられなかった。
むしろ必要以上にこの匂いを吸い込むと、体調に支障を来たしそうな気がする。
…人間より鼻が利く飼い犬が留守で良かったと実感したのは初めてだ。
「さて、探すなら早いとこ探そうぜ。急がねえと日が暮れちまう」
「…もう暮れてるけどね」
背後で大きく口を開けたままのドアを振り返り、既に紅く染まった空を見てカロルが呟く。
先導して通路を進むユーリの背中をとぼとぼと肩を落として追う様は威厳に欠けている。
ライアンは暫しその背中達を意味深な目で眺めていたが、黙ってその後に続く。
その表情は何かを考え込む様子で、憂いを帯びていた――。
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