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ToV - 黎明の羽根
第一部
黒百合の君

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「ライアン!」


彼に追い付いたのは、塔の正門前だった。

辺り一面砂で覆われた地に佇む城。
外観を一望しただけでわかる荒廃ぶりは、此処に長らく人が訪れてない事を意味していた。
現在は魔物の巣窟にでもなっているのだろう。

閑散とした雰囲気が漂うこの塔を黙って見上げる背中に呼び掛けると、特に驚いた様子もなくライアンは振り返った。


「来てくれると思ったよ」


一刻を争う事態と称しながらもその物腰は余裕だ。
笑顔こそないものの、ユーリ達の到着を予期していたと思える言葉で出迎える。


「依頼って言うか…ほぼ強制だったよね」


走り疲れたらしいカロルが両膝に手を置き、肩で呼吸を繰り返しながら呟く。
街から此処までの疾走は思いのほか草臥(くたび)れる。ユーリ自身、若干ではあるが息が上がっていた。

それとは相対して依頼主は休息など欲していないようだ。
瓦礫で埋まった正門前の階段を軽い足取りで踏み締め、瞬く間に両開き型の頑丈そうな扉の前に到達する。


「ったく、見掛けによらず体力馬鹿かよ」


悪態を吐きつつ、瓦礫を掻き分け後を追う。
背後でカロルが休息を求めて文句を垂れているが、仕事を請け負った以上は依頼主が優先だ。

懐かしい場所。
昔【紅の絆傭兵団】に戦いを挑んだ時、自分は単身この場に乗り込んだのだ。
当初の予定なら旅の終着地はこの城の筈だった――が、故郷のためと始めた旅の目的が最終的には世界規模の問題へと膨れ上がり、二年の時を経て今の自分の在り方を成した。

様々なエピソードが見え隠れするこの地をまた訪れる羽目になるとは意外だったが、今回は単なる依頼。
無意識にざわつく胸の内を半ば無理矢理抑え込んで、ユーリは口を開いた。


「で、誰なんだ。その救出すべき姫君ってのは」


その質問に、ライアンの瞳が動いた。
こちらの様子を観察するような横目を送りつつ、扉の取っ手に手を伸ばす。

それなりに重量のある両開きのドアを、嫌な音を反響させながら開くと既に動力が絶え、真っ暗な塔の内部が姿を現した。


「【麗黒の華々】の首領、黒百合の君のことだ」
「え、首領が危ないの?」


ドアの開閉音に掻き消されてしまいそうな声量での説明。
それを漏らさず耳にしたカロルが身を乗り出す。

ライアンは神妙な面持ちで首肯を刻むと、黴(かび)臭い室内へと一歩踏み出した。


「ああ。だけど――」
「だけど?」
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