第一部
3
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――甘い香り?
有無を言わさずそれを受け取った瞬間、慣れない匂いが周囲を舞った。
品種は不明だが花の香りだ。独特の芳香が鼻の奥に残る。
いちいち上品な振る舞いが何処となく、このダングレストには不釣り合いだな。
密かに心の中で悪態を吐きながら手紙の封を切ろうとすると、手首を掴まれそれを止められた。
「今は一瞬の時間も惜しいんだ」
こちらを見つめる瞳は真剣だ。
本当に一刻を争うのだろう。依頼という口実を並べながらも五大勢力の地位を活かした命令なのか、彼は尚も言葉を続ける。
「今すぐ一緒にガスファロストまで来て欲しい」
「ガスファロスト?」
意外な申し出を聞いて、ユーリとカロルの声が重複する。
ガスファロストと言えば、今は無き【紅の絆傭兵団】が根城にしていた機械仕掛けの城である。
街からそう遠くない砂漠地帯の中心部に位置し、前首領の死をきっかけに今は稼働を停止している。
今や打ち捨てられた罪人の遺産、といったところか。
その発言を訝しむ心情が顔に出ていたのだろう。
二人を宥めようとライアンは再び頬を緩める。
「心配しなくても罠じゃない。我らが姫君を救出する為の助太刀を頼みたいんだ」
「姫君?」
説明しながら、彼は既に出発する気満々らしい。
目元のみを覆える型の鉄製の仮面を身に付け、腰に提げた二本の鞘の位置を正している。
「…【麗黒の華々】からの直訴だ。受けてもらえるかな」
その瞳はユーリを注視している。
顔色を窺うような、それでいて拒絶は許さないとでも言いたげな複雑な眼光。心地良いとは言えない視線を全身に浴びつつ肩を竦めた。
残念ながらこの依頼をどう扱うかは、ユーリの一存では決められない。
あくまで【凛々の明星】の首領はカロルなのだ。
先の行動を問おうと目線を下に流すと、尋ねるまでもなく既に首領は考え込んでいた。
「うーん…」
どうやら決め兼ねている様子だ。
なかなか人前に姿を見せず、素性の知れない軍団【麗黒の華々】。
疑念しか生まれない依頼。普段なら断るという選択肢も視野に入れるのだろうが――今回は相手が悪い。
五大ギルドからの直訴を無碍にするのはリスクの高さが否めない。
顎に手を添えたまま、延々と悩み続けるカロル。
…依頼を押し付けた本人は返事を待たずに我先にと道を進んで行ってしまう。
初めて公の場に姿を見せた伝説の軍団の幹部――線の細い見た目とは裏腹に全身から放出される威圧が自然と人の足を退かせ、人混みを掻き分けなくても道が開く。
その光景を尻目に、ユーリはその場に屈み込んだ。
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