第1部 戦後の混乱と沢城重工
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変えた。心なしかその足取りも早くなっている。
◆
1944月10月2日0930 「神鷹」艦橋
飛行甲板の下に設けられた艦橋の視界は狭い。それでも、湾内がにわかに騒然としてきた様を「神鷹」艦長の石井大佐は見て取ることができた。
「おい、あのこっちに向かってくる船の艦名は?」
「はい、甲板員からイギリス海軍所属のセイロンだと報告が上がっています」
「接近する船から手旗信号――停船を指示」
「こっちからも言い返してやれ。内容、停船の要を認めず。事情を説明されたし」
慌ただしく駆け回る士官たちから次々と報告がなされた。それらを総合すると、どうやら軽巡洋艦クラスの船はこの「神鷹」の船足を止めようとしているようだ。
黒煙をもうもうと噴き上げた「セイロン」は、狭い湾内を横切って「神鷹」の進路上に躍り出ようとしていた。湾内は「神鷹」と共に日本へ向かう10隻ばかりの輸送船も動き始めており、イレギュラーな動きをする「セイロン」のせいで混乱した様相を呈していた。
「セイロンからは、依然、停船指示が繰り返されています」
「距離5400mまで接近。セイロン、第1主砲がこちらを指向」
艦橋が騒然とした。向こうは戦闘状態に陥ることを厭わないつもりらしい。
「高嶋和樹陸軍大尉、艦橋に入ります」
その時、艦橋後方の扉から高嶋大尉が入ってきた。振り向いた石井大佐は、敬礼もそこそこに大尉へ詰め寄ると厳しい口調で質問を発した。それは単刀直入なものだった。
「あれは、昨夜、君が積み込ませた荷物のせいか?」
「はい、おそらく」
「その中身はわたしがここで聞いても大丈夫な代物か?」
大尉は逡巡した。しかし、指揮系統の違いを理由に断ることは出来るが、そのせいで臨検を受けては元も子もないと判断する。
「あの荷物は、ドイツから持ち帰った貴重な技術資料の数々です。それは、これから半世紀、日本が他国と伍するために必要なものです」
「戦争はすでに終わっているぞ」
「“これから”必要になるものです。まだ内地の周辺は落ち着かず、いつソ連の南下が始まるか分からないと聞きます」
「船内には2158名の民間人と将兵が乗っている。危険にさらす価値はあるのかい?」
「私はあると思っています」
2人はにらみ合ったまま沈黙した。所属が異なるとはいえ、大佐と大尉の差は大きい。このまま高嶋大尉が艦橋から出されても、何も文句は言えない。
それでも、大尉は引かなかった。船倉の荷物は、彼が必死の思いで交渉し、なんとか持ち帰りを許可されたものもある。
「セイロン、1200mまで接近しています」
焦る副長の声が対応を言外に促した。
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