第1部 戦後の混乱と沢城重工
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金は、退職金でほとんど消えてしまうし」
「ああ、もう金は手元に入ったのか?」
「まだだ。お役所仕事ってやつだな。書類と手続きが終わらないと、進むものも進まない」
「そうか、それならよかった」
「どういう意味だ?」
裕也は話の流れが分からなくなっていた。戦争の恨み節を聞かされるのか、と思いきや話は金と資源に関することばかりだった。軍務で訪れたわけでもないらしい。拝金主義者のアメリカ人と考えればおかしくないのかもしれないが、これがビジネスの話なのだろうか。
「ああ、いやな。俺、こんど軍を退役することになって、また会社に戻るんだが、満州の開発担当部局に配属される予定なんだ」
「それで?」
「まあ、ちょっと聞いてくれ」
2
1944年10月2日0900 シンガポール港 復員船「神鷹」
唐突に訪れた停戦の混乱は、東洋最大の泊地の1つ、シンガポールにまでおよんでいた。白い肌の人間や黄色い肌の人間、浅黒い肌の人間がごった返す港は、出てゆく人も入る人も等分にその混乱の中に飲み込んでしまう。
湾内にはさまざまな大きさの軍艦や輸送船が停泊していた。まだ日本海軍艦艇の方が多いが、インド洋方面からやって来たイギリス東洋艦隊の軽巡洋艦や駆逐艦の姿も見えた。ここも、大連と同じくその主人を入れ替える過度期にあるようだ。
居並んだ船影の中にひときわ大きなシルエットを持った船がいた。
特設空母「神鷹」、旧名客船「シャルンホルスト」と名乗るその船は、数奇な運命をたどっているその船歴に「復員船」という新しい1ページを加えるために、この港へとやってきていた。
200m近い全長のほとんどを覆う飛行甲板の上には、航空機の影はなく、目立つ艦橋もないため、遠目には船体の大きさほど強い印象はない。しかし、特設空母とはいえ広い工区気格納庫や弾薬庫のある船内に、2000人近い陸軍兵士や民間人、大量の私財に捨てて行くにはもったいない重装備を乗せている。
「神鷹」は特設空母「海鷹」、竣工している雲龍型空母「雲龍」、「天城」などと共に、戦地から内地へと引き上げる人々を乗せて復員船として働いていた。6月に行われたマリアナ沖海戦の結果、本来乗せるべき母艦航空機部隊のほとんどを失った日本海軍は、この時期有力な輸送能力を発揮できるこれらの艦を日本郵船に乗員ごと貸し出している。決戦の主力として期待された日本海軍の航空母艦が、連合国によって沈められた輸送船の代わりを果たすのは、どこか皮肉な運命を感じさせた。
多くの人々でごった返す船内は、その中にいくつかの隠し事を持つ人を混乱の中に溶け込ませている。
元在ドイツ日本大使館駐在武官、大日本帝国陸軍大尉の肩書を持った高嶋和樹大尉は、左手に持った黒塗りの鞄を抱えながら所在なさげ
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