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無欠の刃
下忍編
許し
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「ちょっと、いいかな?」
「…」

 泣いてうつ向いていたイナリはその言葉に反応し、ぐりっと顔をあげる。その目に写ったのは、風呂で体を洗ってきたらしく、泥で汚れていた髪と肌が洗われ、美しくなっているサクラの姿。
 お風呂上がりだからか。ふわりと香る石鹸の臭いと、その名前のように綺麗な桃色の髪を見て、恥ずかしそうにうつむいた少年の気持ちを知らず、サクラはぐいっと少年の手を掴んだ。

「!? なにすっ」
「見てほしいものがあるの」

 そういって、優しく目を細めたサクラは、イナリの手を握って引っ張る。
 イナリはサクラに引きずられるようにして走りだし、いつも修行している川の上流…イナリの家から一番近いところで足を止めて、それを見た。

 彼を弱者と呼んだカトナが、一心不乱に大太刀を振り回している姿。

 汗が流れているのにぬぐいもせず、カトナの大太刀が地面に叩きつけられる。
 イナリは知らないが、カトナの大太刀は改造していて、何時もの大太刀ではないため、その改良された大太刀に体を馴染ませ、慣れさせようとしているのだ。
 もしもの時のために、自らが大切なものを守るために。
 赤く長い髪の毛が乱れる。
 カトナの体についた擦り傷から血が滲み、服が汚れる。
 それでも、カトナの手は止まらない。
 その様子を、息をのんで見つめていたイナリの横で、同じくカトナを見ていたサクラは呟いた。

「カトナは、強いよね」
「…」

 イナリは何も返事をしなかったが、サクラは構わないというように言葉を続ける。
 そう、カトナは強いのだ。彼女が自分が思っているよりも強い。本当の弱者である自分達からみれば、彼女は強いのだ。
 だからこそ、彼女に正しいことを言われても認められない。だって、彼女がつよいから、言い訳できてしまうほどの力の差があるから。
 けれど、カトナは強者だからこそ、間違えたままでいようとしない。

 「カトナは強いから、弱い人の気持ちは分からないけど、でも、大切なことはわかってるのよ」

 カトナは知ってる。
 立ち上がれなきゃ守れないことを。
 カトナは分かってる。
 弱者でも、守ろうとすれば守れるのだと。
 カトナは努力している。
 守り続けるための、戦い続けるための、立ち続けるための努力を。
 だからこそ、彼女は眩しく、気高い。

「私もね、イナリ君みたいに、逃げ出したことがあったの」
「え?」
「努力なんてメンドクサイって、泥まみれになるのなんてかっこ悪いって、戦うのなんて怖いって、好きな人のカッコいいとこだけ見てたいって、そんな風に逃げてたの」

 イナリにとって、そのひとことは実に衝撃的だった。何せ、イナリにとっては彼女もまた、ガトー達ほどではなくても、強さをもつ人間だった
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