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トワノクウ
トワノクウ
第十四夜 常つ御門の崩れ落つ(一)
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。あんたは復活したからよかったですが、これが普通の人間だったら、藤さんは立派な人殺しになってたんですよ。野に放したらこの先、穢れに呑まれて本当に人を殺すかもしれないんです。――師匠だからこうしてんだ。素人がよけいな口挟んでんじゃねえぞ」

 頭巾から一瞬覗いた黒い目に、くうは震え、震えた自分を恥じた。

 そのとき、ちゃり、と鎖がすれる音が聴こえた。薫が起き上がっている。くうは急いで木格子に飛びついた。

「薫ちゃん!? こっち! くうが分かりますか!?」

 薫がゆっくりと頭を上げた。くうは薫の顔をよく見ようと木格子に食いつく。

「……あんた、死んでなかったの?」

 ことばがクリスタルナイフになって胸を抉った。

 くうが立ち尽くしている前で、薫は両手の鎖を引っ張って暴れ始めた。

「師匠、これ外して! そいつ妖なんでしょう!? 敵なんでしょう!? あたしが殺るから外してよ! あたしにやらせて! あたしの手でその妖消させて! 外して、やらせて!」

 律の狂った喚き声と鎖がぶつかる耳障りな音に、くうは座敷牢から離れていた。正確には意思とは無関係に体がふらついたのだ。

 ――見ていられない。

 くうは堪らず自ら座敷牢を飛び出した。






 階段を駆け上がって暗い回廊に戻ると、まるでさっきの出来事が夢に思えてくる。
 薫が精神病患者と同じ扱いを受けていた。薫がくうを殺すと叫んだ。――あんまりな悪夢だ。

「年頃の娘さんにゃきつかったですかね」

 はっと後ろを顧みると、黒鳶が戻ってきたところだった。

「……治るんですか、あれ」
「正直何とも。私のお師匠さんなんかは最後は気合だけで保たせてらしたんですが、藤さんに同じ根性を期待しても無駄でしょう。あの子は脆すぎる。浄房の中で大人しくしてもらって体が清められるのを待つしかありやせん」
「お清めが終わったら、元の薫ちゃんに戻るんですよね?」

 くうは引き攣った笑みを作りながら懸命に尋ねた。
 気休めでもいいから、また薫とおしゃべりする日が来ると信じさせてほしかった。

「そいつぁ藤さん次第でさ。正気が戻るなら良し、このまま戻らねえようなら藤さんはお払い箱。クビですみゃあいいんですが、下手すると処分しなきゃならねえ」
「しょぶん……?」
「妖憑きとやり合えるのは妖使いか同じ妖憑きくらい。やるなら私んとこにお鉢が回ってくるでしょうね」

 何故そんなにあっけらかんと言える。弟子なのではないのか。

 またも怒りで声を失っていると。

「一つ言いますがね、篠ノ女さん」

 ダン!

 黒鳶はくうを壁に押し付け、顔の横に手をついた。笑みを貼りつけた顔とは裏腹に、黒目がちの瞳は笑っていなかった。


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