暁 〜小説投稿サイト〜
月下遊歩
月下遊歩
[1/6]

[1] 最後
「ほら、たまには外に出てみるのもいいだろ?」
「……」
9月8日。本日、中秋の名月がこの日本の秋空に輝くというので、俺と……俺の連れを一緒に引き連れて、少しばかり外の散歩をしようかと、このこの時期にしては珍しく底冷えする夜の11時も過ぎる頃に俺たちは家を出た。
月明かりに照らされスラッと伸びる大小二つの影が、細道に月影を受けて横たえる。
久しぶりに二人で外を出歩く、懐かしい感覚。自宅に背を向け、細い平坦な道を当て所もなく二人で連れ添って歩く、何でもない当たり前であるべき光景を、ここ何ヶ月ぶりに味わったことだろうか。
「ゆき、寒くないか?」
「……寒い。帰りたい。」
俺の袖を引っ掴んで、一向に離そうとしないゆき……引きこもりで、寂しがり屋な俺の連れ。俺の冬用の厚いコートを羽織って、首には襟巻きを巻きながら、俺の隣をとぼとぼとした足取りで歩く。
「まぁ、そうも言わないでくれよ。」
「……」
袖を手繰り寄せて、俺はゆきの手を掴んで自分の袖に引き込んで、寒くないようにとゆきの手を握りしめる。
無理やり連れてきたんだ。雪が寒いというのならば、俺が何とかしよう。
平坦な道はどこまでも続き、周りにはたわわに実をつけた稲穂が寒風に騒めく。月明かりが仄暗く照らす世界にぽつんぽつんと灯る、白熱灯の街燈の灯りに誘われるように歩く俺たちの、その頭上に輝くまん丸お月さんも、今日という特別な日を精いっぱい漫喫しているかのように爛々と輝いていた。
「見ろよゆき。あのまぁるいお月さんをさ。」
「……」
声をかけて、ゆきの手と繋がる俺の手をちょいと引くも、ゆきは顔を上げようともせずに、俯き加減でただ黙々と細道を行くだけである。空にぽっかりと浮かび、煌々と煌めくお月さんに、興味も湧かないのかとも思うのだが、どうにもそのようだった。
俺は一つ、小さく溜息をついた。
「いいお月さんなんだがなぁ。」
「……知ってるよ。」
「じゃあ、見ないのかい?」
「……」
ゆきは俺の質問に答えることもなく、黙りこくったまま。それからのゆきも無言のままで、俺の隣をただ俯いたまま歩き続けるだけだった。
んー……ゆきには困ったもんだな。
俺は横目の端に俯くゆきの姿を捉えて、そのままゆきの歩調に合わせて歩を進め行く。時おり街路灯の明滅する光に目を細めながら、素っ気ない態度をとっているようにも見えて、それでも強弱緩急をつけてきゅっと握ってきて離さないゆきの手を、俺もぎゅっと握り返して離さない。この道、果てのないような気すらしてくるなか、俺たち二人並んで歩き続ける。
ゆきなりに思うところがあるってんのはわかってるさ……。
ゆきが過去に負った心の傷跡がどれほど深いか、俺にはわからない。何年もの間、ずっと家に引き篭もって暮らし続けてこなければならなかった、その傷の深さは如何程のも
[1] 最後


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ