月下遊歩
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ん、ありがと。」
落ち着いた声で、ゆきはそう言葉を紡いだ……。
………
……
…
帰路につく、俺とゆき。来た時と全く同じ道を月下の下、歩を進める。まだ俯き加減でいることが多いゆきも、時おり顔を上げて周りの景色に目を向けたり、望月を眺めるように顔を擡げることができるようになっていた。その折節のこと。
「んー……」
「ゆき、どうした?」
小さな口元に左人指し指を当てて、考えるように空を見据えては唸るゆき。右手は、俺の左手と一本棒だ。
「……ん。ちょっと、ね。」
「?」
ゆきはどことなく言いづらそうに俺をちらちらと視線だけ交わしながら、もじもじとしている。でも特に催促はせずに、ゆきの次の言葉を、ゆきの目をしっかりと見据えながら待つ。幾度か、ゆきが視線を迷わせていたが、しばらくの逡巡の末、ようやっと俺の方をしっかりと見据えた。
「……今日さ。一杯、やろ?」
「え?」
「月みながら、一杯……」
消え入るような声が俺の鼓膜を震わせたかと思うとすぐにゆきは顔を伏せて、俺の手を引きながら自ら先を進み始めた。
「……」
今までのゆきからは想像もつかん一言が漏れ出したと思えば、ゆき自ら俺の手を引いて帰路を先行くその姿に、俺は自然と口元に笑みが浮かんでくる。笑いすらもこみ上げてくる。
……これはどうも、隠し通すにも隠し通せなさそうだ。
「……しき。」
「ん?ああ、もちろんいいとも。」
俺はゆきに手を引かれるがままに、帰路を……ゆきの後に続いて辿る。
「んじゃ、早く帰ろうか。」
「……ん。」
ゆきは嬉しそうに。そして、擡げた頭には頭上の名月を映す黒髪が靡き、喜を醸す瞳に映るも見事な望月で……。周りで騒めく柿木も、芒野も、一軒の藁屋根も、遊歩道も、みながみな望月の月桂に飾られて、ゆきと俺の行路を尻押ししてくれているかのようでもいて……。
少しづつでもいいさ。前に進んでくれるなら。
俺は……ゆきに連れられて、日も変わった10月10日の夜の田舎道を、月下の下で月影を頼りに……手を引かれるゆきの後姿を頼りに、俺は今宵の大吟醸はさぞかし美酒であろうなと、心に仄かに灯る暖かな灯火を確かに感じながら、中秋の名月の下で、ゆったりと月下遊歩を楽しむのであった……。
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