月下遊歩
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。
俺はゆきの手を引き、足早に月下の遊歩道を駆けた。
風が頬を撫ぜる。左の腕が、寒風を切る。鼻腔を突く、冷えた空気は突き刺すような痛みを添える。どれもそれもみな、秋の訪れ。秋の風情を肌で感じる。情緒を駆り立てる。
寒風切るのが左の手ならば、俺とゆきとを繋ぐのはもう一方の右の手。後れをとるゆきの手を、しっかり握って離すまいと俺の手に力が入る。しっとりと汗ばんだゆきの手と俺の手。この時期、既に夜は冷えるが、ゆきのおかげで冷えぬ身も心もまた、俺の情緒を駆り立てた。
本当にいいものじゃないか、こういうのも。なぁ、ゆきよ。
「っと。」
俺が駆けるのを止めた、土手の一歩手前。月明かりに仄暗く浮かび上がる土手は、長い長い道のりの、ようやく折り返し地点と言ったところか。それとも、ひどく長い道のりを出立始める場所となれるか……。
「し、しき……はやい。」
息を切らせ、手を膝につき息を整えるその姿はさながら、病弱な少女のそれであるが、疲労困憊な様子のゆき。俺は肩に手を乗せた。
「大丈夫か?」
「……う、ん。」
酷く苦しそうに肩を上下に揺らせて、深く深呼吸を繰り返すゆき。大分きつそうではあるがしかし、ここまで来たならば休息を今とろうが一分遅れようが同じもんだ。むしろ良い景色を拝みながら、溜まった疲労を吹っ飛ばした方が両得ってもんじゃないか。
「さぁ、ゆき。あと、ここを登りきるだけだぞ。」
「……え。」
「さ、走れ!」
ほとんど休む間も与えずに有無も言わさず、俺はゆきの手をぐっと引き寄せては、急勾配の土手を一目散に駆けた。夜露に濡れる草を掻き分けては進み、俺のあとをひーひー言いながら必死についてくるゆきのためにと、道を開く。背の高い若草は、いざ行かんとする俺たちの行く手を阻むが、そんなもので阻みきれるものか。
「……」
「はぁ……はぁ……」
大分苦しそうに、大きく息を吸っては吐くゆき。夢中に駆けたせいもあってか、場所はいつの間にやら土手の上。登り切った俺と、無理やり俺に引っ張られて登らされたゆきの二者が、ようやく土手の上へと立つ。俺の横で肩をひどく揺らし、膝に手をつき、乱れた呼吸に苦しむゆきの様子を尻目に、俺は目の前に広がる美しき素晴らしき眺望へと想いを巡らせた。
「……」
そして、俺はゆきと手を別つ。
「……し、しき?」
「ゆき。こっち。」
俺は土手を少しだけ下り、比較的登り来るときよりかはなだらかな斜面に雄々しく茂る若草の絨毯の上へと、躊躇もなく寝転がった。夜露がコートを濡らし、湿り気が背中へと伝うが、そんなことはどうでもいい。そんな気分だ。
「……しき、汚れるよ?」
「いやいや、そんなことは気にならんさ。」
「?」
不思議そうな顔を浮かべるゆきに向かって、俺はちょいちょいと手招きをする。
「え?」
「ゆきも。」
「…
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