月下遊歩
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のなのか。
だが、それでもと。それでも、ゆきにはただ引き篭もっているだけの人生を歩んでもらいたくはないって、もうどれほど前からだろう。ずっと思ってたんだ。いくら過去にいざこざがあったからといって、ここで立ち止まっていてどうするというのか。前を見て、上を見て歩こうと、俺のこの口からゆきの面と向かって声を大にして諭してあげられたら、それほどいいか。俺の力でゆきを立ち直らせることができたならば、きっとそのときには俺も、ゆきの添い人として恥ずかしめもなくいられるだろうにと、もう幾年も前から思ってはいたんだ……。
「……なぁ、ゆき。」
「……ん。」
「もう少しだけ、先まで行こうか。」
「……」
無言は肯定か否定か。無言ではわからずとも、ゆきの小さな頭は小さく縦に揺れ、月明かりに照らされて仄白くぼんやりと染まる黒髪も、つられてさらっと靡いた。艶やかな髪が夜の空に舞い、月明かりを青白く映す。寒風にこの身が晒されていることすらも忘れそうなほどに雅な美しさを醸す、夜の刹那。思わずに見惚れ、それと同時に僅かながら寂しさを覚えた。
……なんとかせねばなるまいに。ゆきの意志がどうであれ、添い人としての俺の意志は変わらない。
つい先刻までは果てなき道と思えた道も、今や確固たる目的を胸に携えてみれば、終わりも見えてくる。果てしのない、果てある月下の道を行く。ゆきの襟巻きのたるみを整えて、しっかりと巻き直す。暖かかろうとゆきの手を握る俺の手ごと、羽織るコートのポケットに引き入れてつつ、そっと視線をゆきに合わせれば、頬に朱を滲ませ、俯くその顔に張り付く表情は変わらねども、なるほど。可愛らしいじゃないか。
「ゆき、顔が赤いぞ。」
「……うっさい。」
小さくつぶやくと、紅潮した頬を背けた。
月下の遊歩道は、街燈の明かり灯らぬ場所でも仄かに明るい。道行くに不足ない明るさを注ぐ中秋の名月は、幾度と顔を擡げども飽き足りぬほどにその美しさを見せつけ、ここぞとばかりに煌めき、俺の心を魅了する。一つ足を休め、拝みたくもなる。
田園地帯を両側に、田舎の農道とでもいうべきか月下の遊歩道。その道を行く俺と、連れ立った一人の引き篭もりは、ようやっと目的となる場所をこの目に捉えた。
「あそこまでだ。がんばれよ、ゆき。」
「……ん。」
玄関の引き戸を閉めてどれほどの時間が過ぎたか。小一時間も歩いたようにも、十分ほども歩いていないようにも感じる。眼前に広がる小高い土手は、月光照らす小高く茂る草木に覆われて、秋夜の寒風に揺れ動く。土手の上に一本、力強く伸びる太木は桜か。葉も風に散り散り、枝葉しなる桜のその荘厳な姿は、遠く離れた俺たちが行く農道からでも、その溢れんばかりの荘厳さを肌から目から耳から感じる。
「……」
相も変わらずにゆきは俯いたままに前を見ようともしないが、でもまあ今は良い
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