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或る皇国将校の回想録
第一部北領戦役
第九話 苗川攻防戦 其の一
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謀長は冷静に現状を告げる。
「はい、師団長殿。ですが、我々は機動力を重視し、猟兵と騎兵を先行させており、重砲は未だ後方です。砲の数も糧秣の不足の影響で・・・」

「ああ分かっているとも、輓馬は糧秣をバカ食いするから後方に拘置するように命じたのは私だからな。それでも動かせるだけで良いから急がせろ!」

「半刻はかかりますが」

「急がせろ!砲を展開すれば敵も少しは黙る!!」
 本来ならばあの程度の兵力は無視して迂回しても良かった――ただの銃兵であるならば。だがそれを先の夜襲の惨状が否定する。
 あの陣地に立て篭っているのはたかだか一個大隊で三千名もの兵を屠った部隊である。

 ――疲弊した兵達に敵主力を叩くべく雪中で行軍させ、同程度の頭数の蛮軍と交戦できるだろうか?
 ――限界が近いが相応の戦果は得られる可能性はある――が、もしも猛獣使いの部隊が海岸で交戦する敵主力に呼応したら――士気崩壊すらありえるだろう。
 兵站が崩壊し飢えた兵達が凍てついた焦土を潰走するのは危険にすぎる、戦の死傷者よりも死人を出す可能性すらある。
 だがこの辺境における自軍の最高司令官――東方辺境姫は明快な戦略的妥当性に満ちた命令を下している。即ち早急に追撃し、敵の野戦軍を可能な限り撃滅することである。
シュヴェーリン自身もその戦略的な妥当性は十分理解していた(だからこそ任命されたのである)が、問題は〈帝国〉陸軍の脆弱な――少なくとも〈皇国〉陸軍と比較したら――兵站機構が半ば崩壊しつつあることである。
 解決しようのない問題は焦燥を産み、戦場の華である追撃を任じられた栄誉は死神の鎌となって彼の首を擦りだし、東方辺境領軍有数の猛将と謳われる男の判断力を犯しつつあった。



同日 午後第ニ刻 独立捜索剣虎兵第十一大隊 小苗陣地 掩体壕内
独立捜索剣虎兵第十一大隊 大隊長 馬堂豊久少佐


 シュヴェーリン達の大隊長である馬堂少佐は掩体壕の中で身を縮こまらせていた。
 ――やれやれ、なんとまぁ豪勢な事だよ。
「おい誰だ、物資が不足しているって言った奴は」
砲弾が掩体壕の周囲に降り注ぐ中で恐怖を紛らわそうと豊久がいった。
「大隊長殿ですよ。大隊長殿」
残った剣牙虎達の管理をしている西田少尉がツッコミを入れる。
彼も一緒に砲の後方に居た為、掩体壕に退避している。

「砲をぞろぞろと連れてくる体力は無いはずだがなぁ」
 などと言っている合間にも地響きはやまない。
「ならばあれでも減ったのでしょう。我々と地力が違いすぎますね、笑うしかありませんな」

「あっさり言わないでくれ。虚しくなる」

「はい、申し訳ありません。大隊長殿」
 そう答える西田の声には笑いが混じっている。 
 ――図太い奴だ。流石は新城の教え子か。

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